2018年3月6日火曜日

救いの神

 
 
今日は木版画家の私にとって、とても嬉しいことがあった。
 
木版画家というのは、まず作品の原画を考え、鉛筆で作成し、
次に鉛筆画をトレッシングペーパーに写し、
それをまた、版木にカーボンで転写して彫って、
絵の具をつけて摺り上げるという工程を
ひとりで行い、木版画の制作をしている芸術家のことを指している。
 
作業工程はすべてひとりでこなしているから、
作家だけが健康に留意し、
創作意欲に燃え、
作品を産める状態ならば、何の問題もないように思える。
 
しかし、作品を創って、発表するには
とても多くの人にお世話になったり、多くのモノを使用したりしている。
 
材料としては100%楮の和紙を梳いてもらっている福井県の手漉き和紙屋さん、
彫刻刀を買ったり、研ぎなどの手入れをお願いしている彫刻刀屋さん、
木版画用の版木を注文している画材屋さん、
作品に使用する特殊な絵の具が揃っている絵の具屋さんなど、
普通の街のお店にはないモノばかりの専門店だ。
 
他にも、シリーズで作っている額縁を扱っている額縁屋さん、
2枚接ぎの作品の接ぎの部分をお願いできる経師技術をもった額縁屋さん、
個展やグループ展の時の美術搬送をお願いできる運送屋さん、
団体展や個展などの搬入搬出をお願いできる運送屋さん、
普通の宅急便屋さん、
美術作品のプロカメラマンなども、
大切な専門業種の人達だ。
 
しかし、ここ3年ばかりの間に
長年も長年、長い人だと40年近くのおつきあいのある人やモノが、
私の前から消えてしまった。
 
先ず、2年半前、大学生の時からお願いしていた額縁屋さんが亡くなった。
その方には額縁を作ってもらうだけではなく、
2枚接ぎの作品の接ぎもお願いしていたし、
40年来、団体展の搬出入もお願いしていたから、
奥様からの訃報は本当にショックだった。
 
しかも、65歳という若さ。
同年代なだけに、戦友を失ったかのような気分だった。
 
その後、彫刻刀を求めたり、研ぎをお願いしていた神田の彫刻刀屋さんが
なぜか廃業してしまった。
そちらの2代目さんも、まだ、50代ではなかろうか・・・。
 
そして、最近では、大学生の時から愛用していた
ホルベイン社製の彩という絵の具のシリーズが廃番になってしまった。
 
絵の具なんて、何を使っても大して変わらないと思うかもしれないが、
大違いなのだ。
それに代わる絵の具のシリーズは、まだ、見つかっていない。
 
彫刻刀の研ぎだけは、廃業なさったSさんが紹介してくださった彫刻刀屋さんに、
試しに研ぎをお願いしたところ、
素晴らしいスキルをお持ちと分かったので、心の底から安心した。
 
しかし、2枚接ぎの作品の接ぎパートに関しては、
昨年の今頃、日本画の友人の紹介で岡崎市の経師屋さんにお願いし、
一応、事なきを得たものの、作業代が額縁屋さんの5倍の値段でビックリ。
 
更に去年から宅急便の値段も値上がりして、
大きな作品はミニミニ引越扱いになり、
ヤマト便の1670円から6800円に・・・。
 
これはもう、値上がりしたなんてもんじゃない。
腹が立つのを通り越して、泣けてきた。
 
そうは言っても自分で接ぎの作業が出来ない以上、
だれかにお願いするしかないと、
昨日、今年の2枚接ぎの作品を岡崎まで送る準備をしていた。
 
その時、ふと、版画協会のカタログに載っている額縁屋さんのことが頭をよぎった。
 
版画家仲間にはそこに額縁を注文している人も多い。
ナラ材のシンプルな額を作ってくれる額縁屋さんで、祐天寺にあるらしい。
 
「もしかしたら・・・」
そう思って、昨日の午前中に電話をしてみた。
 
すると電話口の中年の男性の声で、
「ここで額縁を作ってくださる方の作品なら、接ぎもやりますよ」という答えが
返って来た。
 
何と、亡くなった額縁屋さんと同じ考えと、
経師屋さんの技術も持った額縁屋さんだったのだ。
 
版画作品専門に額縁を作るだけではなく、
版画作品、つまり、和紙の扱いにも精通していて、接ぎなどのスキルもある。
 
「エッ、本当ですか。ぜひ、お願いします。
今から行きます。祐天寺からどう行けばいいですか」
と、私は勢い込んで言った。
 
「今から?雨になりそうだけど、大丈夫?」
「ハイ、午後イチで伺います」
 
しかし、結局は昼過ぎ、雨だけでなく、風までも強くなり、
「雨風がひどくなりそうなので、明日にします」
「その方がいいね」ということで、
お天気になった今日、ようやく祐天寺まで行って注文することが出来た。
 
あ~、あそこで小林額縁製作所に電話しようと思ったアンタはえらい!
でかした!
 
60歳代のご兄弟でやっている額縁屋さんで、
版画協会のカタログに載っている私の去年の作品をとても褒めてくれた。
 
その続きの今年の作品も、台の上に広げると
「これもいい作品だね。
初孫誕生?それはおめでたいテーマだ。いい額縁をつけてあげなきゃね」
と、言ってくださった。
 
あの戦友を失ったかのような悲しみが
じわっと癒されるような気持ちになり、
帰り道、祐天寺駅前のケーキ屋さんで、思わず「和栗モンブラン」をふたつ買った。
 

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