2017年7月20日木曜日

生ビールで暑気払い

 
 
 
 
誰かと会えば、先ず、「暑いですね~」の挨拶から始まる今日この頃、
連日の暑さにすでに夏バテ気味の人も多いのではないだろうか。
 
かく言う私も毎晩、寝苦しくて寝不足だし、
大して食べていないつもりなのに、例年通り夏太りだし、
三度のご飯作りがめんどくさい。
 
そういうグダグダな毎日には、パーッと一気にビールを飲むのが一番と、
今日は絵画教室のメンバーと暑気払いにキリンのビール工場に出かけた。
 
生麦に絵画教室を移して以来、夏と冬、年2回、
キリンのビール工場の敷地内にあるドイツレストランで、
出来たてのビールをいただきながら、食事をするのが恒例になっている。
 
数年前の最初の1回だけ、工場見学もしたが、2回目からはレストランに直行し、
その場で作った作りたての一番搾りや
フレイバーの効いた珍しいビールを飲むことにしている。
 
今日は「夏のホワイト3種類飲み比べセット」という誘い文句に惹かれ、
先ずは小さめの3つのグラスに注がれた明るい黄色のビールから。
 
ニュージーランド産のホップの白ワインのような香りが特徴の『on the cloud』
小麦麦芽のフルーティで爽やかな酸味の『white night』
ゆずと山椒を使ったジャパニーズホワイトの『Daydream』
 
いずれもライトな飲み口で、「まずはビール!」とのどを潤すのに最適の味。
特にゆず入りのビールはゆずが絶妙に効いていて、日本人のDNAを刺激した。
 
料理のラインナップも冬に来た時と同じ鉄板メニューもあれば、
初めてのものもあって、どれにするか目移りしたが、
鉄板メニューの中から『ソーセージの盛り合わせ』を、
新顔メニューの中から『各種スモークの盛り合わせ』『ケールのサラダ』をチョイス。
 
いずれもはずれのない美味しさで、
ここのレストランのシェフには脱帽だ。
 
真っ昼間だというのに、ビールもおかわりし、
出来たてホヤホヤの一番搾りは、やっぱり間違いない味だった。
 
〆にスパイスの効いた『ジャンバラヤ』というご飯ものを注文し、
みんな満腹ほろ酔い気分。
 
話も弾んで、また、冬もここにこようと約束して、帰路についた。
 
最近の私に起こることのひとつに、
気に入っているレストランやブティックがある日、なくなるということが度々あって、
悲しい思いをしているのだが、
これだけ大きなキリンのビール工場がなくなることはないだろうから、
敷地内のレストランも未来永劫、営業して欲しいと願っている。
 
ビールが目的なだけに、車で行くということは出来ないが、
その日だけは電車と徒歩で教室まで行くので、
生麦の絵画教室の半期に一度の親睦会は当分ここにしようと、
今日も思ったのであった。
 
京急沿線にお住まいの皆様、オススメ!です。
 

2017年7月18日火曜日

産後の料理教室

 
 
長女が子どもを出産し、退院後に我が家に来てから1ヶ月以上の月日が流れた。
 
その間、産後の肥立ちのことを考えて、
先ずはゆっくり娘の体を休め、回復を促し、健康によいものを食べさせ、
お乳の出を心配する日が続いた。
 
お陰様で母乳の出も順調になり、
赤ん坊の成長も著しく、今週末に娘は自宅へ帰る予定になった。
 
そうなると、次なるミッションは
娘が自宅で母親としての務めを果たすことにシフトする。
 
今の女性は結婚しただけでは、なかなか主婦というポストに収まらない。
最近の女性は働くのが当たり前、
従って、家事が女性の担当だという意識もなく、
食事作りが自分の役割だとも感じていないらしい。
 
娘のところも、夫婦が仕事に出掛ける時間や帰宅時間がバラバラな上、
娘もハードワーカーだったため、
料理は自分の分は自分でみたいなルールになっていた様子。
 
しかし、子どもが生まれたとなると事情は違ってくる。
今はまだ乳飲み子に乳を与えるだけが子の母親としての食事当番かもしれないが、
近く、家族のきちんとした食事を作れるようにならなければ、
家族の健康は維持できない。
 
そこでオーママの役目として、
実家から巣立つ前に、何品かの家庭料理を伝授することが必須課題となった。
 
それは娘といわず、婿といわず、
得意な者がこなせばいいというか、
時間があるものがするという現代の風潮にのっとって、
ふたりに向け、課すことになった。
 
これまでに
「親子丼」「煮込みハンバーグ」「サバの味噌煮」「かぼちゃの煮物」
「枝豆はんぺんバーグ」「スペアリブの黒酢煮込み」「ポテトのチーズ焼き」
「ひじきの煮物」「春巻」などを伝授した。
 
最後の仕上げは
「オリジナル餃子」
 
我が家の餃子は白菜ベースで作る。
他にニラや長ネギは勿論のこと、にんじんと生しいたけが入るのが特徴だ。
豚挽肉500㌘を基準に大量の野菜を投入し、あんを作る。
 
実は長女はにんじん嫌い。
次女は生しいたけ嫌い。
 
そんな嫌いな野菜も餃子の具に入ってしまえば、避けようがない。
子どもの野菜嫌いを克服させる方法として編み出したオリジナル餃子だったが、
今では生しいたけの香りとにんじんのつぶつぶ食感が特徴の
我が家のおふくろの味に成長。
 
独立した娘達の帰省時リクエストナンバー3ぐらいにランクインしている。
 
それを、今度は自分達で作れるよう、
ふたりにキッチンに立ってもらうことにした。
 
先ずは包丁使いがへたっぴ~な長女に膨大な量の野菜のみじん切りを、
次に婿に肉の錬り方と味付け、野菜との混ぜ方を指南した。
 
ちょうど、そのあたりでベイビーがぐずったので、
娘があやす係になり、
ダイニングのテーブルに婿と私が対面で座り、
黙々と餃子のあんの皮包み。
 
婿は手先が器用で、上手にひだを作りながらあんを包んでいく。
 
考えてみれば、婿殿とふたり、対面でこんな風に作業するのは初めてかも。
共通の話題に乏しいふたりにとって、いいコミュニケーションの機会になった。
 
モチ米入り大判の皮2パック分を包み終え、
最後に焼きのコツを伝授。
 
そのためにオーママは新しいフライパンを購入し、
この日に備えるという熱の入れよう。
 
何しろ、餃子はテフロンの効きが命。
古いフライパンでは焼き上がりがパーフェクトにならない。
 
大小2つのフライパンを駆使して、大量の餃子を一気に焼き上げ、
事前に用意の焼きトウモロコシ、空心菜の中華炒め、枝豆、わかめの中華スープを
リンビングに運び、
最後に焼き上がった餃子を並べて、無事、餃子ディナーの完成だ。
 
焼きたての我が家の味に、みんな、ウンウンと納得の笑顔で、
餃子と共にビールを飲み干す至福の時。
 
こうして、歩きだした新米ママのため、
熟練ママの持てる技は徐々に伝承されていく。
 
後は「キッシュ」と「けんちん汁」を覚えたいという娘のため、
どのタイミングで教えるか算段するオーママなのであった。
 

2017年7月16日日曜日

秋の陶芸会準備

 
 
 
11月中旬、2年に1度の陶芸工房の展示会が予定されている。
 
2年に1度、展覧会を行うのをビエンナーレ、
3年に1度はトリエンナーレと呼ぶのだが、
2年に1度は案外、あっという間にやってくる。
 
自分が属している版画協会の展覧会は当然のことながら1年に1度なので、
私の1年のサイクルはそこに照準を合わせ、
版画の制作プログラムを組み立て、大小の作品を創ることになる。
 
趣味の陶芸とはいえ、
発表するとなると、まとまった量の作品を、あるコンセプトに従って
揃える必要性がある。
 
2年の間に作り溜めたものを、ランダムに並べればいいと思っている人も
会の中にはいると思われるが、
一応、もの作り人の自分としては、
コンセプトに一貫性のないものを、ダラダラ並べるのは良しといないので、
あと会期まで数ヶ月の今、
いよいよ佳境にはいってきた感がある。
 
今回のお題は『抹茶椀』と『貯金箱』なので、
その2種類に関しては、すでに複数個制作して、
中からいいものを選んで展示する予定なのだが、
そこで選ばれなかった物でも、自分の作品テーブルにのせる可能性は十分ある。
 
今日、釉薬をかけたものは5つ、
削りをしたお皿が4枚だが、
抹茶椀として作ったものは1個しかないから、
他はいい感じに焼き上がったら、個人の作品展示の一品となる予定だ。
 
釉薬としては渋い焼きあがりの黄瀬戸2号を全体に施し、
失透という名の白を使い、太筆で勢いよく線描き模様を配したシリーズなので、
同じテイストの今までの作品と合わせて、展示できればと思っている。
 
このシリーズは、先生曰くの「萩原節さく裂」の作風らしいから、
これから数か月もその手を緩めることなく大胆に白筆で模様を描きまくり、
渋さの中にダイナミズムを感じさせる作品を目指すつもりだ。
 
とはいえ、陶芸教室の釉薬は2ヶ月に1度しかかけられる日が巡ってこない。
そう考えると、なんと展示会までに釉薬をかけられるのは、
普通にしていたら9月の1回だけ、
無理を願い出れば、もう1回間際にかけられるかどうか。
 
そろそろ自分の作品テーブルのコーディネイトを考えながら、
不足の数点を作る時が迫っているし、
先生に追加でもう一度釉がけを願い出る日も見えてきた気がする。
 

2017年7月15日土曜日

お客様対応

 
 
 
 
志帆は生後5週間と半分が過ぎ、
だいぶ目が見えているらしく、最近は抱っこしてくれている人の顔をじっと見る。
 
「オーママ」の私が抱くと、たいがいニコニコと愛想笑いをしてくれるので、
本物のママは「なぜ?おっぱいをあげているのは私よ」と悔しがる。
 
そろそろ世の中デビューも始まっていて、
ママの母乳相談に行くときと、パパが来ている週末に赤ちゃんホンポに行くときは
ベイビーも一緒に出掛けている。
 
また、「赤ちゃん見せて~」と古い友人がたずねて来たり、
「ようやく仕事に一区切りついた~」と次女がやってきたりと、
いつもの固定メンバーとは違う人がやってきて、
抱っこしたり話しかけたりという刺激も加わって、
少しずつ、人間社会のお勉強の始まりだ。
 
そのせいか、発するのは単なるうめき声や泣き声だったものが、
「あ~」とか「う~」になってきて、
まるでお話ししているようだと感じるのは親(親の親)の欲目か?
 
日々、顔つきも変わってきて、
元々髪が黒々しているせいと、急に赤ちゃんぽく太ってきたせいと、
足のキック力が強くなったせいで、
まちがいなく「どすこいシポリン」の道を歩み出している。
 
こんなに変化するものだったかとか、
こんなに手がかかるものだったかとか、
なにしろすっかり忘れているものだから、何を見ても何をしても新鮮だ。
 
この生活もあと少し。
娘はあと1週間で自分の家に帰るという。
 
こちらは毎日のおさんどんにだいぶ疲れてきたが、
日々の変化と成長を見ていると、本当に今日の志帆は今日だけだと感じるので、
1日1日を大切にして、楽しんで過ごそうと思う。
 
娘にとってはエンドレスに続く子育てで、楽しむ余裕はないかもしれないが、
上手に人の助けを借りたりして、
子育てを味わって欲しい。
 
私も折々に助っ人に走りながら、
娘達が実家を離れたら、早速、
この命の輝きを作品化することに取り組みたいと思っている。
 
 
 
 
 

2017年7月6日木曜日

生後4週 課題はダイエット

 
 
 
ベイビーは早いもので、生後丸4週間を迎えた。
 
ふと気づくと、生まれたての壊れ物のようないたいけな感じは
すっかりなくなっている。
 
いつのまにか腿がむっちりしてきて、
ミルクを飲んだ後など二重アゴで満足げに唸ったり、
寝起きは盛んにオヤジのようなうなり声と共に伸びをして、
足をジタバタ蹴り上げ、
その様子はふてぶてしささえ漂わせている。
 
目がだいぶ見えてきたせいか、周囲をじっと見渡し、
ただ放っておかれると不安になるらしく、体位交換しろと要求して、大泣きする。
 
腿だけに留まらず、お腹もポンポコリンになって、
そのくせ、うんちはまだ全然上手に出せないので、
毎日のように娘はオリーブオイルで湿らせた麺棒でつっついて排便を促している。
(くせにはならないから、安心してつっついても大丈夫と産院で言われたらしい)
 
一方、娘の母乳の出は今イチのようで、
退院当初からミルクと併用で、日に何度となくミルクを与えては
ノートに飲んだ分量を書き込んでいるが、これで本当にいいのか心配のようだ。
 
どうもお乳を与える方も飲む方も上手じゃなく、
親子の(乳)飲ミュニケーションがうまくいっていないらしい。
 
私の時は母乳一辺倒でいけたので、アドバイスしたくても、参考にならない。
 
そこで、
実家に逗留して3週間と少したったところで、娘は近くの母乳相談を受けることにし、
ほぼ初めての親子外出をして、
硬く張ったお乳について相談することにした。
 
すると、助産師歴35年のベテラン助産師さんに、のっけから
「なんでもっと早く来なかったの。乳腺炎一歩手前になってるわよ」と怒られたらしい。
 
なんとお乳が緑色になっていて、
つまった乳腺からお乳がわずかに出ているらしいが、
本来あるべきお乳ではなく、
賞味期限切れのまずいお乳だったとか。
 
それを無理矢理、毎回、何十分も吸わされ、更に粉ミルクも飲んでいる内に、
ベイビーはどんどん太り、
生後3114㌘だったものが、丸4週間で4300㌘にまでなっていた。
 
助産師さんがお産の時みたいに
またしても馬乗りになってお乳をマッサージしてくれたお陰で、
娘のお乳は無事貫通し、すっかり柔らかくなって、泉のごとく溢れ出てきたそうで、
吹き出たお乳が顔に降り注いだのでビックリしたと言っていた。
 
確かに家でもベイビーの吸っている勢いと音が違う。
 
これで母乳中心にして、最小限の粉ミルクにすることで、
生後4週間にして太らせすぎとイエローカードが出されたベイビーを
ダイエットさせるらしい。
 
やれやれ・・・。
 
こうして丸4週間、ほとんど家に籠もっていた親子は、
少しずつ世の中に出ていく練習をしながら、
そろそろ実家を飛び立つ準備をはじめた。
 
今日はお宮参りの日取りを決め、
会食の場所とお宮参りのお祝い着の予約も済ませた。
 
新生児はいつのまにか乳児になり、
娘は母親1年生になり、
と、同時に、私も「オーママ」になっていく。

2017年7月3日月曜日

本の装丁用原稿出来上がり

 
 
先週の木曜日にフォトグラファーのH氏に撮影してもらった作品データが、
超特急で現像・トリミングなどを終え、手元に届いた。
 
これで、自分が考えた本の装丁アイデアスケッチと合わせてギャラリーに提出し、
そこからはギャラリー側のデザイナーさんと印刷屋さんとで、
本の表紙へと作り上げてくれる段取りだ。
 
この『文学と版画』展は銀座のギャラリー志門で2年前から始まった企画展で、
昨年から私もそのメンバーに加えてもらっている。
 
初回にも声はかけてもらったが、展覧会の会期間際だったので、
本の選定や作品制作が間に合わないと判断し、やむなくお断りした。
 
その時から、面白い企画だ思っていたので、
以来、次の装丁はどの本を使おうかとひそかに考えながら本を読んでいる。
 
実は以前にも紹介した恩田陸の『蜜蜂と遠雷』が気に入って、
是非、ブックカバーを作ってみたいと思ったのだが、
そう思ったのが5月では、実現にはちと時間が足りず、
6月に娘が出産へと突入したため、版木の途中まで掘り進めたところで頓挫した。
 
結果、来年の装丁の出し物はもう決まったことになり、
気が楽になったといえば、そうかもしれない。
 
今回の小池真理子の『沈黙のひと』は
実の父親がパーキンソン病にかかって、手足の自由や言葉を失っていく様を
作家の目で間近で見ながら、
父親の男性として人としての人生を想像するといった内容の私小説だ。
 
『沈黙のひと』というタイトルの本に対して、
私が使った作品は『ふたり静かに』である。
 
この本の装丁に使うためだけに作ったわけではないが、
もちろん本の装丁にした時の文字の配置などは意識して作られている。
 
横位置の作品を真ん中で切って、
本の表の表紙と裏の表紙に分割して使用するデザインだ。
 
本の中で父親と女性の『ふたり』は病気の性質上、
なかなか気軽には遭えない状況になり、
『ひとりひとり』にならざるを得ない。
 
そこに流れる想いが、作家の目を通して描かれているので、
作品を切り離して、咲いている時計草が離れ離れになるよう使ってみたのだが、
そんなことは装丁デザイナーとしてのお遊びだから、
ぱっと見には分からなくてもいい。
 
本の装丁を考える面白みはこういうところにあると感じている。
 
 
 
本当なら6月末が提出期限だったので、
明日、自ら銀座に出向き、
ギャラリーオーナーにあいさつ方々手差しで届けようと思っている。
 
人にゆだね、自分の作品が1冊の本の表紙になるのを見るのは
とても楽しみだ。
 
現実には書店に並ぶわけではないけど・・・。
 
他の作家たちがどんな本を選ぶのかも気になるところだが、
まずはいい感じに出来上がってくることを心待ちにしたい。
 
 
 
 
 
 

2017年6月29日木曜日

多目的アトリエ

 
 
 
6月11日に退院した娘が孫を連れて実家に里帰りしてからは、
私のアトリエである和室は乳児室として乗っ取られていた。
 
その間、版画を彫ることも摺ることも、
スケッチブックを広げてアイデアを練ることさえ出来ずにいる。
 
我が家に和室はひとつしかないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、
20日も親子の布団が広がった状況が続いて、仕事ができなかったことは無いので、
ちょっと版画をしたい禁断症状が出てきている。
 
ただ単にそろそろ彫りたいなと思うだけでなく、
秋に予定されているいくつかの展覧会に提出する作品データも
撮らないと支障をきたす時期になった。
 
そこで、新生児には申し訳ないが、一時2階の次女の部屋に避難してもらって、
フォトグラファーのH氏に来てもらって、作品の写真撮影をすることにした。
 
午後1時の約束に向け、部屋中に広がった布団や衣類や
おむつ関連やミルク関連のアイテムをせっせせっせと2階へ運んだ。
 
何もなくなった和室は思いの外広く、清々した。
 
そこへH氏の持ち込んだ各種機材が所狭しと配置され、
この1年間に制作した大小合わせて6点の作品の撮影が行われた。
 
先程までの乳児室はあっという間にスタジオと化し、
手際のよいプロの技で、
的確かつスピーディに仕事が進められ、
部屋そのものの空気が新生児のいるゆるゆるとしたものから
ピリリとしたものに変わった。
 
自分のアトリエがいつもとは違う用途に使われることで、
こんなにも雰囲気が変わるんだと驚き、
新鮮な気持ちになった。
 
何十年と版画家として、家事や育児と両立させながら、制作してきたけど、
新生児はそれを許してはくれない頻度で母親を欲して泣いている。
 
自分もそんな風にふたりの娘を育てた日があったのだが、
そんなことはとっくに忘れているので、
子どもを産んだばかりの母親の様子を目の当たりにして、
人が人を育てる大変さを追体験しているところだ。
 
今日のスタジオ仕様は午後の2時間で終わってしまって、
何とか提出しなければならないデータも無事間に合いそうだ。
 
ここからはまた、もう少ししばらく、姫様のご意向に沿うよう、
乳児室の番をすることになるだろう。
 
人生にこんな体験もそう何回もあることではないので、
せいぜい娘の力になりつつ、
姫から何かインスパイアーされるイメージで、次作を創ろうと目論んでいる。
 
と書いている側から、
「ママ~、沐浴手伝って~」の声。
 
姫のまったり顔に癒されに、
いざ出動!

2017年6月25日日曜日

就職対策講座の非常勤講師

 
私の職業は版画家であったり、心理カウンセラーであったりと、
ちょっと得たいが知れないところがあるのだが、
それにもうひとつ、この時期は
横浜のパティシエ養成専門学校の非常勤講師というのが加わる。
 
教えているのは「就職対策講座」なる講座で、
内容のニーズからして、5月から9月までの期間限定の講座である。
 
元はといえば、コミュニケーションスキルの講師として(それも得たいがしれないが)
この学校の教職員向けのプログラムの講師として関わっていた。
 
それがいろいろ流転の末、
今はここ7~8年ぐらい学生相手に就職の内定を勝ち取るための講座を
オリジナルテキストを用いて、受け持っている。
 
もの作りを職業にしようとしている彼ら(私自身、版画家なんだから同じだが)は
往々にして、自分のことを言葉でアピールするようなことが得意ではない。
 
とはいえ、そんなことを言っていたのでは、エントリーシートをうまく書いたり、
就職の面接で自分を売り込んで、
内定を勝ち取ることが出来ないので、
いかにして「自己PR」するのか、「性格分析」して短所を長所へと導くのか、
「志望動機」でどれほど御社への就職を熱望しているのか、
語れることが必要になってくる。
 
それにはまず最初に第一印象をよくするための清潔感溢れるビジュアルも大切だし、
仕事が出来そうだなと思わせるかしこさとがたいの良さと、
人間関係を円満に築けそうだなと思わせる笑顔と溌剌とした物言いが求められている。
 
講座は夏休みをはさんで、週一で11回組まれていて、
夏休み明けには試験もあって採点評価もなされる。
 
他の「衛生学」とか「栄養学」みたいな国家試験にダイレクトにつながる科目と違い、
「就職対策講座」なんて、ただ聞いていればいいと考えている学生もいるので、
授業の合間合間に「これテストに出るわよ」と脅しを入れつつ、
ノートはちゃんと取るよう促す。
 
CMのダウンタウンの松本人志みたいに
「ノートを取るな、心に刻め!」と叫びたいのは山々なれど、
それで試験で赤点を取られると、後がめんどくさいので、ノートはとるように、
宿題はやってくるようにと口を酸っぱくして言っている。
 
そもそも就職して、社会人になる、パティシエやパン職人や和菓子職人になると
決めたのは自分なんだから、
その熱い想いを語って欲しいのだが、
案外、今どきの姉ちゃんやあんちゃんはそのあたりの熱が低い。
 
どうしてもあんなパティシエみたいになりたいという憧れの先輩もいないし、
ぜひ、どこどこのこれを創れるようになりたいというお菓子も知らないし、
何のためにパン職人になりたいのかみたいなきっかけもあまり見えてこない。
 
そんな薄~いかれらを鼓舞して、
ひとりでも多くに内定を取らせ、社会人として巣立たせるのが私の役目なのだが、
はてさて、今年の学生達はどんな結果になるのやら。
 
今週のテーマは「性格分析」、先週は「自己PR」、
来週はいよいよ「志望動機」だが、いかに・・・。
 
自分を知る。
自分を愛する。
 
相手を知る。
相手に焦がれる。
 
その難しい問いかけに答えを模索している。
 
今、目の前にいる乳飲み子の孫も、
いったいどんな女の子に成長し、将来、どんな職業に就くのだろう。
 
まだ、生後3週間にも満たない幼子相手に思いを巡らし、
あやしながら話しかけている。
 
「ねえねえ、志帆ちゃん、あなたは何が好きなの?何がしたいの?
何屋さんになりたいの?」と。
 
人が生きていくって、もしかして、最初から最後まで自分探しなんだなと
そんなことを考えている毎日である。
 
就活生、頑張れ!
しっかりしろ!
 
志帆ちゃん、頑張れ!
もっといっぱいミルクを飲んで!

2017年6月20日火曜日

天使の破顔一笑

 
 
 
孫が生まれて、今日で13日。
 
先週は月曜日から日曜日まで展覧会で毎日、出歩いていたので、
朝から晩まで側にいるのは初めてのことである。
 
産後のひだちのことを考えて、母親も新生児も丸1ヶ月はほぼ家に閉じこもって
パジャマで過ごすよう言われているとかで、
私達の時代より、より一層、大事をとるらしい。
 
今はまだまだ2時間か、うまくいっても3時間おきの授乳があるので、
そろそろ娘の寝不足もピークで、
正に3食昼寝付きどころか、3食と昼寝しかしない生活だ。
 
私は足りないものの買い出し係と、炊き出し要員と、
時には乳母として、ミルクを与えたり、沐浴を介助したりしている。
 
その間に可愛い顔の写真を撮ろうと、デジカメとスマホを手近において、
その瞬間を逃すまいと狙っている。
 
しかし、生後1週間や10日ではまだ目ははっきり見えていない様子だし、
耳は聞こえているようだが、当然、言葉はわからない。
 
それでも名前を呼びかけ、一方的に話しかけ、あやす内に
時折、ご機嫌さんの顔をふいに見せるときがある。
 
片っ方のほおをつつくとにこっと微笑むことはあったが、
大笑いしているように笑うことはまだない。
 
しかし、偶然にもご機嫌さんの顔の写真を撮ったそのシャッター音に反応して、
正ににっこりと笑った。
 
そこを捉えたのが2枚目の写真である。
 
また、ここのところお得意のほーのお顔というのがあって、
口をとんがらせておちょぼ口をするときがある。
 
そこをうまく捉えたのが3枚目だ。
 
こんな風にブログが孫一色になるのは本意ではないし、
本来、「和もの大好きおばさんの和ごとブログ」だったのだが、
「和=なごみブログ」ということでお許しいただきたい。
 
ことほど左様に生まれたての赤ちゃんほど、無垢で人を惹きつける存在はない。
 
そのことを実感する毎日である。

2017年6月13日火曜日

第18回 紫陽花展

 
 
 
 
 
 
6月12日(月)から18日(日)の1週間、関内の画廊楽Ⅰにおいて、
第18回の紫陽花展がスタートした。
 
紫陽花展も早いもので、今年で18回目を迎えた。
 
最初はギャラリーヨコハマで10年、
ギャラリーヨコハマが介護施設に変わるのを機に、
岩崎ミュージアムで5年、
岩崎ミュージアムの大規模改修工事に伴い、
ガレリア・セルテに移って2年、
ガレリア・セルテの管理人退職でクローズすることになって、
今年から画廊楽へと発表場所を変えて、今日までやってきた。
 
新しい画廊は白くて、真四角くて、天井高もあって、気持ちのいい空間だ。
そこに新しくふたりのメンバーを迎え、
合計8名での再スタートとなった。
 
日曜日の夕方、搬入とセッティングが行われたのだが、
志帆ちゃんの退院とお七夜が重なり、私はパスさせてもらった。
 
今回の画廊には飾り付け担当のスタッフがいたようで、
絵描きでもある彼がレイアウトを考えてくれ、メンバーはお任せだったとか。
 
初日月曜日の午後、画廊に初めて出向いたところ、
まず、駅から歩いて来て、玄関ドアの直ぐ脇の大きなショーウィンドウに
私の大きな作品が掛けられてあるのに目が止まり、ちょっとビックリした。
 
6点出品した内の1番大きな作品だったので、
ギャラリーの中でゆっくり見て欲しかったのだが、
この位置はいわゆる「看板娘」の役どころで、
アイキャッチのための立ち位置である。
 
雨降りの今日などは、ウィンドウの前で立ち止まって見る人はいないに等しいのが
やや寂しいが、
背景のダークなブルーグレイの壁紙に浮かぶ作品は、
時計草のダークローズや紫色を際立たせ、なかなかいい雰囲気だ。
 
会場全体をひとつの作品と考えている様子で、
ひとつの壁に同じ人の作品を並べる今までの展示方法とは異なり、
ひとりの人の作品が会場のあちらこちらに散る形の展示で、
それぞれの作品が隣り合う相乗効果を狙った配置になっていた。
 
新加入の日本画とオシャレなミクストメディアの作品のふたりが、
新鮮な風を吹き込んで、
去年から参加の日本画の作家も昨年よりずっといい作品になって、
会場全体に女流作家ならではの美しい彩りが溢れ、
明るく都会的な印象の展覧会になった。
 
新メンバーもいい方達ばかりで、和気藹々。
初孫誕生でセッティングをパスしたにも関わらず、
口々に「おめでとうございます」とお祝いの言葉をいただき、嬉しかった。
 
私は例によって、採れたての写真の中からいいものを選んでプリントし、
ミニアルバムにして持っていったので、
メンバーと言わず、お客様と言わず、話題は作品よりも志帆ちゃんになってしまい、
「泣く子と地頭には勝てない」状態だ。
 
まだまだ新米ママの助けが必要なこの時期に展覧会が重なり、
ちょっとてんやわんやだが、
初孫誕生1週間にして、大勢の方から祝福の声をいただき、
幸福感がじわじわと湧いてくるのを感じている。
 
今年の最大の作品は『結』
 
見知らぬふたりが出逢い、結ばれることの不思議を作品化したものだが、
次は新しい命の誕生の不思議をテーマに何か出来ればと思っている。
 
この世は不思議で満ちているのに、
何でも当たり前に過ごしていたことに気づいた。
 
小さな命がそれを思い出させ、
今、生きていることのいとおしさと感謝が満ちてくる。
 
もっと謙虚に生きなければ・・・。
 
おっと、志帆ちゃんが泣き出した。
あの泣き声はお腹がすいたのか、おむつが濡れたのか。
 
遙か昔の我が子を抱きしめた時の感動を思い起こしながら、
孫で追体験する歓びを味わおうと思う。
 

2017年6月11日日曜日

退院 そしてお七夜

 
 
 
 
 
生後5日目にして、退院、そして、お七夜のお祝いをすることになった。
 
昨夜は若夫婦揃って、お祝いのディナーが病院で用意され、
娘の誕生の歓びを噛みしめたにちがいない。
 
メールで送られてきたフレンチのお祝い膳の写真は、彩りもよくとても豪華だったが、
そんなフレンチをこれから先、いつになったら食べにいける環境になるだろうと、
かえって切なくなったかもしれない。
 
今日はようやく次女が病院に来て、叔母としてベイビーと対面を果たした。
 
分娩室で撮った写真が衝撃的すぎて心配したらしいが、
日に日に顔つきが変わって、
5日目の今日はだいぶ女の子らしい顔だちになってきて、
叔母としてもホッとしたようだ。
 
最初にどうみてもパパ似の顔立ちだと思っていたのだが、
笑うとえくぼが出来るところや、長い眉と鼻の形は娘そっくりだと思えてきた。
 
こんな風に赤ちゃんは周囲のいろいろな人の顔に似ていると思わせて、
幸せを運んでくるんだなとしみじみ思う。
 
11時には病院を出、新米じぃじの安全運転で我が家へ。
 
いよいよこれから新しい環境で新米パパ・ママや新米じぃじ・ばぁばの生活が
始まる。
 
とりあえずは1ヶ月検診までは娘の実家である私の家にいて、
週末パパが見に来るということになる。
 
新米パパの初仕事として、命名用紙に娘の名前をしたためることと、
お風呂に入れさせることを課せられ、
おっかなびっくりやっている様子を見ながら、こうして誰しも親になっていくんだな
と思った。
 
名前は「志帆」
志を持って、帆を上げ、大海を渡っていって欲しいとの願いを込めたそうな。
 
案外、古風な名前に落ちついた。
 
自分の子どもを持ったとき、最後にひとつだけに絞るとなると、
漢字の意味が気になるらしく、「志」という字にこだわったとか。
 
少女よ、大志をいだけ!
 
また、お風呂ではパパの大きな手で支えられ、気持ちよさそうな顔で静かに沐浴。
 
ギャラリーが顔を突っ込んでは入れ替わり立ち替わり見に行って、
口をとんがらせて面白い顔をしたと言っては、カメラを向けていたのでは、
なかなかはかどらない。
 
そういう意味でも初夏に生まれて、風邪引く心配とかもないので、
6月はいい時期だったのかもしれない。
 
私もお七夜のお祝い膳として、あれこれ用意し、
シャンパンを抜いて祝杯を挙げた。
 
ちなみにメニューは
「ささみのフライ チーズ味と梅味」
「ピクルス」
「鰺の南蛮漬け」
「かぼちゃのミートパイ」
「カリフラワーのグラタン」
「トマトのイタリアンサラダ」
 
さて、いよいよ今夜から夜中の授乳が始まる。
こればっかりは新米パパはいないし、じじばばの出番でもないので、
新米ママが頑張るしかない。
 
まだ、傷は癒えないし、お乳も出ていない上に
ミルクを作るにも段取りの悪い娘にとって、
辛い日常の始まりだ。
 
私は私で明日から例年どおり紫陽花展がスタートする。
今夜は搬入と飾り付けだったにも関わらず、メンバーにお任せしてしまったので、
明日からは会場に行かなければと思っている。
 
忙しくも、可愛くて珍しくて懐かしい、初めてづくしのこの生活をしばらく楽しんで、
また、作品に転化できたらいいなと思う。
私にとっても娘の出産は人生のビッグイベントである。
 
 

2017年6月7日水曜日

ようやく誕生


 
 
 
 
 
ようやく初孫が誕生した。
 
五月晴れの5月下旬に産まれる予定が、遅れに遅れて、
梅雨入りの6月7日生まれになった。
 
3114グラムのパパ似の女の子である。
 
予定日を過ぎても、なかなか降りてきてくれない赤ちゃんに業を煮やして、
娘は6日の日から入院し、点滴で陣痛を促していたのだが、
陣痛そのものは順調に始まったのに、最後にトラブって、
相当な難産になってしまったようだ。
 
私は分娩室には入れないので、後から聞いた話では、
お腹の中で横向きになったまま、うまく降りて来られないベイビーを、
助産師3人が上から馬乗りになって押し出し、医師2人が引っ張り出すという形で、
娘はあまりの痛さに気絶寸前だったとか。
 
私が分娩室に入れてもらって面会出来た時も、娘はまだ痛みで唸っていた。
 
一方、生まれたベイビーは実におとなしく、
何ごともなかったかのようにスースー寝ていて、
パパが抱いても、私が抱いても、静かなものだ。
 
産むのは苦労はしたけど、「寝る子は育つ」系のベイビーかも。
 
娘は痛み止めを飲んで個室に移ってからは、徐々に痛みも引いて落ちついたので、
撮れたての写真を添付して、家族にLINEで誕生を報告したら、
「俺は生まれてからゆっくり見に行くよ」と言っていたウチのダンナが、
慌てた様子で「今から行く」と言ってきた。
 
カメラを片手に車を飛ばしてきたらしく、ソックスもはかず、着の身着のまま。
 
明日以降にしかこないのかと思っていたけど、
写真を見せられ、じぃじの血が騒いだらしい。
 
病室で娘と孫をカメラに収めているところを、
珍しい光景とばかり、私もパチリ。
 
ふだん何かと私の大騒ぎを冷ややかに見ているくせに、
内心、やっぱり嬉しいみたいだ。
 
それにしても、ベイビーはパパに似ていて笑える。
パパ似の女の子は幸せになると、友人が慰めのメールをくれたけど、
どうなの?
 
せめてカメラを向けたときに目をつぶるのだけはパパに似ませんように。
我が家は写真写りの悪い子は認めませんから・・・。
 
とにかく、娘のお産が大変すぎて、自分も同じ経験をしてきたはずなのに、
側で見ていて、とっても疲れてしまった。
 
女性は偉大なり。
母は強し・・・である。

2017年6月3日土曜日

抹茶椀 その2

 
 
 
 
5月下旬に釉薬をかけた抹茶椀が、無事、焼き上がってきた。
 
同じタイプの釉薬をかけたものが、2ヶ月前にも焼き上がってきたのだが、
陶器は焼くと2割近く縮むので、
第1弾の3点は思っていたより小さく焼きあがり、
今回の第2弾が、そのリベンジということになる。
 
お陰様で焼き上がりの大きさは丁度よく、手に取ったときの収まり具合がいい。
 
ただし、釉薬のかかり具合は前回と同じにしたつもりが、
1回目と2回目では釉薬の濃度が違うのか、かける時の時間が違うのか、
焼成温度の関係か、よく分からないが、1回目とは少し感じが違った。
 
焼成自体は先生がしてくださっているので、
釉薬をかけた後は、あなた任せの無責任生徒なので、何とも言えないが・・・。
 
先生曰く、「全く同じ条件で焼いたつもりでも、毎回違う、それが焼き物だよ」と
いうことなので、生き物と考えるのが当たっているのだろう。
 
しかし、今回の4点を手に取り、ひとつずつしみじみ眺めてみると、
なかなかいい感じに焼けたのではないだろうかと思えてきた。
 
今日は午後の作陶時間の最後に、先生による講評会が行われ、
その時いた5人の会員の作品の講評がなされた。
 
1番古い20年選手の作品はろくろによるもので、年季がはいった手慣れた作品群だ。
ろくろにはなかなか手を出せずにいる私にとっては、
ある意味羨ましい作品だが、逆にいうと100均でも売っているような感じ。
 
先生の評価はかなり厳しく、
「ろくろに凝り固まって、作品がいつも同じだから、てびねりや板作りみたいな
他の手法をやってみたら?脱皮しないと」と、いうことだった。
 
他のメンバー3人は会員歴2年から18年と幅広いのだが、
キャリアのある人は、もっとチャレンジをという意見だった。
一方、まだ、入門して2年の人も、今のスキルでできるものばかり作らないで、
もっと大きいものを作ったらと言われていたので、
誰しも新しいジャンルに挑戦したり、難易度を上げるのは難しいということなのだろう。
 
もうひとり、基礎固めを怠って、
工芸作品として守らなければならないことを無視している男性は、
これまた厳しく「もっとちゃんと作れよ」と叱られていた。
 
陶器の厚みとか、歪みとか、高台と胴のバランスとか、
何でも適当に作って、歪んでいても味があるとか趣があるなどというのは
間違い。
 
自分を甘やかしてはいけない。
 
歪みを個性という2文字で誤魔化してはいけないのだ。
 
でもって、作陶歴5年半の私はというと、
先生の目にはとても強い発進力をもったハギワラワールド全開の作品に
見えるらしい。
 
これら4点は抹茶椀のつもりだというとようやく納得したようで、
「食卓にのせて他の器と並べようとするとちょっと強すぎるかなと思ったけど、
抹茶椀なら分かる。
薄暗い茶室に置くわけだし、料理ではなく抹茶が入るからね」という感想だった。
 
本人はさほど個性が強いものを作ったつもりはないのだが、
人が見ると相当個性的らしいことは、他のメンバーの反応を見ていても感じる。
 
ろくろがちっともうまくならない+あまりやる気にならないのは
ろくろの作品はつるりとして、きれいに丸く、薄いことを良しとしているからだが、
陶器の魅力をそのてびねりゆえの温かみに感じるのはどうしようもない。
 
ここから先、ろくろで新境地を開くのか、
あくまでてびねりで強い個性を更に確立するのか、
私も岐路に立っているのかも知れない。
 
先ずは、出来たての自作の抹茶椀で、お茶を一服点てながら、
この先を考えてみるとしよう。
 
孫はまだ産まれる気配がない。