2017年9月18日月曜日

祝 お食い初め

 
 
 
 
 
 
台風の影響で1日順延して、初孫のお食い初めが我が家で行われた。
 
孫には先月下旬に会っているのだが、2週間も離れていると禁断症状が出て、
無性にあのふにゃふにゃすべすべした柔肌に触りたくなる。
 
今日で生まれて100日とちょっと。
首がしっかり座り、足のつっぱりも強くなって、
何か話したり、笑ったり、目つきに意志のようなものも感じる。
 
とはいえ、まだまだ赤ちゃんなので、
あやして笑うほどコミュニケーションがとれるわけでもなく、
お食い初めのお膳を前に、フォトジェニックに微笑むというわけにはいかない。
 
1週間ぐらい前から、何度となくスーパーやデパートに通い、
揃えた食器や食材で、作った料理は写真の通り。
 
ネット検索で、定番のお正月料理のようなものを作ればいいと知り、
作ってみた。
 
メインは祝い鯛の塩焼き。
お膳は紅白包みなます、かまぼこ、筑前煮、黒豆、栗入り赤飯、
蛤と手鞠麩の吸い物。
そして、懐石料理ではないが、鶏もも肉の香味あんかけ。
 
食後にはお抹茶と金沢のお菓子で『友禅ごろも』
(白玉ぜんざいはお腹がいっぱい過ぎてパス)
 
ラストは娘夫婦が買ってきてくれたフルーツ大盛りケーキと紅茶。
 
お昼の12時、ダンナが駅前まで車で迎えにいき、長女夫婦とベイビー、
そして、次女がいっぺんに我が家にやってきた。
 
まず、娘ふたりはお食い初めのお膳を見て、歓声を上げ、拍手。
 
そして、やおら、スマホを取り出し撮影会だ。
 
どうやら完璧主義の名に恥じないようにと頑張った甲斐があったようだ。
 
ザ・日本の料理って感じでまとめてみたけど、
私としては「自分の娘達の時にさえしなかった行事を楽しんでやりました」という感じ。
 
それは祖父母の代だからこその余裕かも。
子育て世代は過中にあってそれどころじゃないものね。
 
みどり児が生まれて100日。
 
早いようで、結構、毎日大変だったろう。
昔はここまで育つとやれやれと思ったからこその100日のお祝いだ。
 
今までとはがらりと変わった生活に若いふたりも少しずつなじんで、
赤ちゃん中心の生活に慣れてきたみたい。
 
時々はこちらにも成長ぶりを見せてもらって、
小さな命の輝きのもたらす歓びと癒しをお裾分けしてもらおう。
 
そのためにばぁばは黒豆も煮るし、お赤飯も炊きますよ~。
 
もうすぐ離乳食が始まるというから、
お食い初めの口につける真似ごとじゃなくて、
本当に食べる日もそう遠くはないだろう。
 
日本の食文化の良さを伝えるのは、私の役目と、
頼まれてもいないのに密かに心に誓う『孫のお食い初め』であった。
 
 

2017年9月13日水曜日

お食い初めの準備

 
 
 
 
 
 
9月17日、初孫の志帆が生後100日を迎えるので、
その日に『お食い初め』のお祝いをすることになった。
 
『お食い初め』のお祝いは、志帆の親である長女達が行うもので、
そのまた親である私は、本来、お呼ばれする側だと思うのだが、
「料理関連はよろしく」ということで、こちらに丸投げされてしまった。
 
実は自分の娘が生まれた時は、二人とも海外転勤の真っ最中だったので、
私自身は『お食い初め』なるお祝いはパスしてしまって、
どんなことをするのか、どんなものを用意するのか、全く知らない。
 
そこで、ネット検索したところ、
いろいろな人が作った『お食い初めの料理写真』というのがぞろぞろ出てきて、
それを見ている内に、参考になっただけではなく、
ムラムラと闘志が湧いてきた。
 
お宮参りの時の記念品として、
伊勢山皇大神宮でいただいた『お食い初めセット』なるものも娘のところにあったが、
娘に写メして送ってもらうと、
漆のものではなく、4点すべてが白い陶器に花車の絵が描かれたもので、
私の思い描く『お食い初めの器』とはちと違った。
 
そこで、家中の漆の器を引っ張り出して、漆の角盆の上にセットし、
陶芸工房で造った陶板の大皿を、鯛の塩焼き用に使用することにした。
 
しかし、お祝い用の『祝い箸』と紅白の敷紙は地元のデパートやスーパーでは
手に入らなかった。
そうしたものは季節商品なので、お正月が近くならないと置かないらしい。
 
そこで、『結納』のアイテムを扱うコーナーがある横浜高島屋ならと思い、
昨日、雨の中出掛けると、
思った通り、両方とも高島屋で手に入れることが出来た。
 
ネットで鯛のしっぽに水引のついた紅白の紙が巻いてある写真を見つけ、
格好良かったので、
それに近しい感じにしようと、100均で買った祝儀袋を解体して、
水引のかかった鯛の胴巻きも自主制作した。
 
そして、何と言っても嬉しかったのは、
今週、最寄り駅のデパートで開催の『金沢名品展』で、
朱塗りの蓋付きの器に出会えたことだ。
 
骨董屋コーナーの一角にあったその器は未使用のもので、4客しかなく、
しかも煮物椀というには直径が12センチぐらいしかない。
 
5客揃ってなんぼの和食器なのに4客しかないせいで、
1客3000円と破格にお安い。
 
朱塗りの蓋には、松と鷹の金蒔絵が施され、
蓋の持ち手の部分が均一ではなく、まるで月のようなデザインでしゃれている。
 
小ぶりなので、お食い初めのお椀として使うのにぴったりだ。
 
初孫のために用意した初めての食器。
 
「一生、食うに困らないように」の願いを込めて行われるお祝いに、
まるで武家のお姫様が使うような朱塗りに金蒔絵のお椀とは・・・。
 
銀のスプーンをくわえさせるのもいいけど、
それは西洋の儀式だから、
日本人の子どもとして、これ以上ふさわしいものはないのではなかろうか。
 
歯が丈夫になるようにと神社の黒石で歯茎をこんこんするとか、
梅干しが何とかというのには興味がないので、パスすることにし、
私の考える『お食い初め』の器が揃った。
 
作るお料理は『鯛の塩焼き』『お赤飯』『はまぐりの潮汁』『紅白なます』・・・とか。
 
まるでお正月のおせち料理とそっくりだ。
 
そういうことならと、近所の魚屋さんに仕入れをお願いしたり、
買い出しをいつして、いつ作るかなど、段取りをするのも楽しい作業だ。
 
ついでに色紙に毛筆で『お品書き』を書き、
赤い扇に鶴がついているお正月のお花用の飾りが家にあったので、
柄の部分を色紙の裏に木工用ボンドで留めてみた。
 
大して上手な文字でもないが、雰囲気だけは出たので、
お食い初めの演出と記念品としてはなかなかいいのではと自己満足。
 
こんな感じで、久々に家の大掃除もしたし、器も揃ったので、
あとはお料理当番をして、
日曜日、孫の生誕100日を心からお祝いしようと思っているばぁばなのであった。



2017年9月10日日曜日

表千家 天然忌と且座と茶通箱

 
 
 
お茶のお稽古のひとつとして、『天然忌』といって、
七代目の家元如心斎の威徳を偲ぶお茶事が行われた。
 
更に、七事式といって普段のお稽古ではまったくやることのない、
茶道のお遊びである『且座』と、
お免状ものの『茶通箱』というお点前も教えていただくという盛りだくさんな内容。
 
いずれも5人は揃わないとできないものなので、
通常のお稽古日ではなく、日曜日に招集をかけ、全員キモノ姿で参集した。
 
気温30℃になろうかというお天気でも、お茶の世界では9月上旬は秋なので、
夏の着物ではなく、単衣の着物を着用。
 
帯は私は夏帯にしてしまったが、
絽つづれなる夏から秋へと移行する今しか使えない帯の人もいて、
お茶の世界は体感気温の通用しない世界と再確認。
 
まずは振りわけられた役の下準備を整え、『天然忌』のお茶を献上する。
 
お茶室のしつらえは、お棚が竹台子だったので、
すべての所作はこのお棚のルールに従って行われる。
 
私の役はこの時は正客だったので、点てられたお茶を床の間にお供えした。
このお点前をを「お茶とう」という。
 
床の間には丸だけが書かれた「円相」のお軸に小さく天然の文字が・・・。
訊けばこのお軸は『天然忌』の時にしか使えないとか。
 
茶花は青磁の花器に活けられた大きくて真っ白な芙蓉の花一輪。
 
今朝、やっと一輪咲いて、今日の日に間に合ったとか。
(天然忌には白の芙蓉の花と、お家元では決まっているとか)
真っ白な芙蓉もこの日のためだけに先生がお庭で育てていると伺って、
またまたビックリ。
 
おなじ芙蓉でも、
底紅のものや、ピンクのものでは駄目だという先生のこだわりはハンパない。
 
茶花は花屋さんで売っているわけではないので、
お茶の先生は自宅の庭に茶花を育て、
うまく四季のお茶事に合わせて自分の庭の花が咲かないときは、
花切りばさみを手に、
近くの野山によじ登ったりするらしい。
 
写真の花は『且座』の時、正客がその場で活けたもので、
中央の大きな葉っぱは玉紫陽花という秋の紫陽花の葉で、
花は真ん中の紫の花である。
 
『且座』というのは、回り番で、
お花・お炭・お香・濃茶・薄茶と五人がそれぞれお点前するもので、
この時の私の役は亭主だったので、濃茶を点てた。
 
ここまでが午前中で、早くもグッタリだったが、
お昼ご飯のお弁当をいただき、午後は『茶通箱』。
 
全員がこのお点前のお免状は持っているので、
有資格者だけで行うお稽古ということになる。
 
『茶通箱』の時の私の役は正客だった。
 
『茶通箱』はお茶席に2種類のお茶を持って出て、続けて2服濃茶を点てるので、
タイミングを計って、拝見を所望したり、お訊ねをしたりして、
お客さん側とはいえ、いろいろ途中でパフォーマンスがあるので、
覚えることとやることがてんこ盛りだ。
 
結局、三種類のお稽古で、午前に午後に計6時間は畳に直の正座だったので、
終盤はやはり修行のような気分。
 
お茶は好きで続けているのだけれど、
こうなるとなかなかに苦しい・・・。
 
今年から始まった新しい先生のところのお稽古は、
先生の熱意がずんずん伝わってくる分、
それに応えられるよう、もっと勉強しなければと思わされた1日だった。
 
しかし、家に戻って、帯をほどけば、大きなため息と共に、
そんな決心はもろくも崩れ、
冷たい麦茶を飲み干し、速攻、Tシャツ短パン姿の私がいる。
 
非日常に身を置く幸せは、
凡人には6時間が限界なのであった。

2017年9月7日木曜日

お茶の世界は秋本番

 

 
8月の下旬から9月の初めにかけ、「文学と版画展」があったため、
1週間に4回も銀座に通ったせいか、
最近、急に心理カウンセリングのご要望を受けるようになって、
9月1日から6日までに5回もカウンセリングのクライアントさんと会ったせいか、
はたまた、
非常勤講師をしている学校のテストの答案用紙が送られて来て、
採点のために3日間、缶詰めになっていたせいか、
とにかく、ここ数日、疲れが溜まっていると感じていた。
 
そんな体にむち打って、
9月最初のお茶のお稽古に北鎌倉まで出掛けた。
 
今月のお点前はどんなお棚かしらと、お茶室に入ると、
床の間には籠の花器に秋のお花が生けられていた。
 
籠の花器はサザエ籠。
お花はすすき、角虎の尾、ほととぎす、金水引、ともうひとつ。
 
先生に教えていただいたが、名前を覚えきることが出来なかった。
 
筆跡が豪快なお軸は「明歴々露堂々」
 
禅語で、すべての存在が明らかに、すべての物事が現れているさまで、
そのままの姿のすべてが真理の表れであるという意味だそうな。
 
分かったような分からないような・・・。
 
しかし、とにかく、毎日、仕事と雑事に追いまくられていた私にとって、
先生が9月に入ったからとしつらえてくださったお茶室の空気が、
「何を毎日、バタバタと過ごしているの。季節は早、秋に移ろっているのよ。
しばし、心を落ち着けて、まあ、一服召し上がれ」といっているようだった。
 
鞄にお茶のお稽古用信玄袋と、カウンセリング用ファイルなどを
ぎゅうぎゅうに埋め込み、
うっかり白いソックス(足袋の代わり)を持ってくるのを忘れた私だというのに、
「たまには後炭をやってみましょう」と、
なじみのないお点前をお稽古させてくださった。
 
日常から離れ、茶室という異空間に身を置いて、
朝から晩まで段取り段取りで動いていた最近の私の胃に、
同胞が点てたお濃茶の甘みと渋みが静かに染み渡る。
 
忙しさを日々の充実と思っていたけど、
「明歴々露堂々」的にはどうよ?
 
しばし疲れた頭を冷やして、じっくり意味を考えたが、
やはり、よく分からない。
 
言えるのは、お抹茶でもいただいて、
心と体を少し休めようと思う今日この頃だということだ。

2017年8月29日火曜日

第3回 文学と版画展始まる

 
 
 
 
 
銀座6丁目にあるギャルリー志門という画廊で、
第3回 文学と版画展が始まった。
 
昨年から参加メンバーに加えてもらって、自分でも楽しみにしている展覧会だ。
 
この展覧会は、版画家自身がまず、1冊の本を選んで、
自分の作品を本の装丁に使って表紙を作るというもので、
会場には額に入った作品は勿論のこと、
その額の下に白い棚が設けられ、そこに装丁がかかった本も展示されている。
 
版画家は時には依頼を受けて、本の表紙に絵を提供することもあるが、
大抵は出版社が表紙を制作する部門を持っていて、
そこのデザイナーが表紙や帯をデザインする。
 
だから、まず1冊の本を選ぶところから始まって、
表紙にどのように作品を入れるか、文字はどうするかなど、
普段とは違う作業の連続なのが、楽しい。
 
だれがどの本を選ぶのか、興味津々で、
小難しい哲学書を選ぶ人もいれば、童話を選ぶ人もいて、
その人の人となりがよく現れる。
 
私の場合は、「女流作家であること」、「自分が好きな文学であること」を条件に
本の選定をして、
その本の内容を意識した作品を創っている。
 
自分の作品ありきで本を選ぶ人もいるが、私は文学の方に敬意を払っている。
 
去年は瀬戸内寂聴の「爛」を選んだが、
今年は小池真理子の「沈黙のひと」である。
 
内容は小池真理子自身の父親がパーキンソン病を患い、次第に歩けなくなり、
話すことが出来なくなるのを側で介護しながら、
父親は人としてどう生きたのか、男としてどんな人生があったのかなどを
驚愕の内に知るというものだ。
 
それに対して、私の作品は、
人がパーキンソン病をいう抗いがたい病を得ることに思いを寄せて、
いつもより静かな絵柄、しかし、色味は情熱を秘めているものにしようと考え、
創った作品が「ふたり静かに」である。
 
また、本の「沈黙のひと」というタイトルもいいと思った。
 
本の表紙としては、横キャンの絵柄を真ん中で分断し、
表表紙と裏表紙に分けて使っている。
 
背表紙とそれに続く裏表紙の一部をベージュ色にし、
バーコードやメールアドレス、
「文藝春秋」ならぬ「文藝季満野」という文字を配した。
 
本当に文藝春秋から発行されている訳ではないから、
それっぽく見えるためのユーモアである。
何もないと間が抜けるからねぇ・・・。
 
という感じでギャラリーのオーナーと相談しながら、印刷から上がってきた表紙は
とてもいい出来上がりで、
書店にもし並んでいたら目を引くだろうと思える美しい表紙になった。
 
誰か出版社の目に止まって、表紙のデザインの依頼が来ないかな~と思うのは
去年も今年も同じだが、
こういう課題の出される展覧会に参加する楽しさも同様だ。
 
去年はオープニングパーティに出ても知らない作家ばかりだったので、
なじめない空気を強く感じた(意外と人見知り・・・)が、
2回目の今年は徐々に顔見知りも出来、打ち解けてきたので、
この企画展のメンバーとしてしばらくやっていこうかなと思っている。
 
「文学と版画」
 
印刷が発達する前は当たり前に密接な関係だった「文学と版画」を
あらためて自分の作品で結びつける機会を得、
人の文学作品に啓発されて版画作品を創る楽しさを味わっているところだ。
 
展覧会として、とても展示そのものが美しく、面白いと思うので、
銀座にお出かけの際は、ぜひ、お立ち寄りください。
 
ギャルリー志門
中央区銀座6-13-7 新保ビル3F
 
2017年8月28日(月)~9月2日(土)
11:00~19:00(最終日は17:00まで)
 
なにとぞ、宜しく!

2017年8月20日日曜日

摺り師KIMINO


 
 
 
 
雨は月曜日までしか降らないらしい。
となると、日曜日中には何としてもこの作品の本摺りを仕上げねば・・・。
 
その一途な思いだけを胸に、ここ10日ほど頑張ってきた。
 
そして、遂に昨日8月19日の夜から、本摺りに取りかかることが出来た。
 
土曜日は午前中に1本心理カウンセリングの予約が入っており、
午後は陶芸工房で水差しの削りという時間がかかりそうな作業が待っていた。
 
しかし、天気予報では夜半過ぎから関東地方はところにより大雨とか。
 
もし、夜、雨が降るとしたら、この機を逃す手はない。
夏、暑いのはどうしようもないとして、和紙の乾燥を防ぐため、
「雨の中、摺りたい」その強い思いが私を突き動かしている。
 
というわけで、土曜の朝の一番に和紙を裁断し、水を打ち、湿して、重しをした。
和紙は湿してから、全体に水分がなじむまで、
5時間ぐらいは摺り始めることが出来ない。
 
日中、他の用事を済ませ、夜、作業を開始すれば、丁度よい。
 
絵の具の調合は金曜の夜に済ませ、
すでに40色ぐらいの絵の具が摺り始めるのを待つばかりの状態だ。
 
土曜の夜、夕飯を作り食べ始める頃、
テレビのニュースでいきなりの大雨と大風のため、
花火大会が急遽中止になったと報じていた。
と同時に、横浜の雲行きも怪しくなり、ゴロゴロ、ピカッと雷鳴が・・・。
 
私は「来た来た来た~!」と、小躍りして、アトリエに駆け込み、
加湿器をオンにして、いよいよ本摺り開始だ。
 
まずは体力があるうちに大きなパートを摺り始める。
 
背景に配されたグレーの濃淡の花の部分から、版木の上に調合した絵の具をのせ、
3色グラデを作り、1枚1枚同じ部分だけを摺っていく。
 
今回は6枚の和紙を同時に摺る。
 
次は江戸紫の濃淡で出来ている大輪の花。
 
そうやって、夜中の2時まで摺り続け、だいぶ疲れたので、今日はこれまで。
シャワーを浴びて、朝まで一眠りすることにした。
 
昔は夜明けと共に作業を開始し、夕方6時ぐらいまで、昼ご飯もそこそこに
計12時間摺りみたいな無謀な摺り方をしていた。
 
しかし、ここ数年は同じ時間数を2日に分け、
初日に5~6時間摺って、一度は筆を置く。
 
すると、次の日には前日の作業がなかったかのごとく、リフレッシュし、
気分的には1からスタートして、残り半分の量を摺ることで作品は完成する。
 
その作戦で、日曜の朝は自然に起きるまで目覚ましもかけずに寝て、
体が「OK、リフレッシュしたから、再開しても大丈夫」と声をかけてくれるのを待つ。
 
今朝は8時前に目覚めたので、寝過ごした感じもなく、
いつもの日曜日という感じで、グレープフルーツとバナナ入りヨーグルト、
フランスパンで作ったフレンチトースト、野菜ジュースという朝食を採った。
 
そして、後半の作業を気分よくスタートし、版がずれるとか、
絵の具でどこか画面が汚れるとか、色味が気に入らないとかのトラブルもなく、
つつがなく午後3時にはすべての行程が終了、水張りも済ませた。
 
途中、試し摺りで考えていた背景とは少し色味を変えたりしたが、
そのあたりは摺り師KIMINOが絵師KIMINOに相談するという形で、
スムーズに決断し、ベストな選択がなされたと思っている。
 
本摺りは当然のことながら、試し摺りより摺りのクオリティが上がって、画面が美しい。
 
「さすが、摺り師KIMINO、やるじゃない」と絵師KIMINOが声をかけ、
「まあね、この作品、ちょっと凄くいいんじゃない」と摺り師も絵師もご満悦。
 
相変わらず、アトリエではひとり相撲というか独りごとというか、
怪しい会話が行き交っているが、
無事、6枚の本摺りは摺り上がり、怒濤の8月のミッションはクリアした。
 

2017年8月17日木曜日

絵師KIMINO

 
 


今週はずっと雨という予報なので、新作の本摺りに向け、
今日は試し摺りをした。
 
浮世絵は絵師と彫り師と摺り師と版元という四者の共同作業で成り立っていた。
 
つまり、歌麿や北斎というのは絵師であって、
決して、自分では彫ったり、摺ったりはしていなかったのである。
 
版元というのは今でいえば、画商や出版社という位置づけで、
作品を世の中に送りだし、売ってくれる人である。
 
しかし、現在、版画家に画商がついて、売ってもらえる人は
ほんの一握り。
多くの版画家はほとんど作品が売れることもなく、
時に友人が買ってくれるとなると申し訳ない気持ちになるほどである。
 
話はそれたが、
今日の試し摺りは言ってみれば、「絵師」にあたる要素が大きい。
 
もちろん原画を描いたのは自分であるから、
原画作成というのが絵師の仕事なのだが、
その後、トレッシングペーパーに原画を描き写し、版木に転写し、
黙々と、延々と彫りの作業を進めた後で、
もっともアーティスティックなパートが試し摺りになる。
 
実は原画を興した段階では、最終の色合いまでは全く決まっていない。
 
大体の色みや作品のイメージみたいなものは決めてスタートするが、
細かい色をどんな風にするか、1色1色調合し、
ああでもないこうでもないと悩むのがこの段階なので、
自分ではこここそが「絵師」のパートだと思っている。
 
実際、今日も途中まではいい感じだと思っていたのに、
後半、迷子になってしまい、
思い通りにのせた色が、思い描いたイメージを創り出してはくれなかった。
 
そこで、2枚目の試し摺りを取り、
修正していくのだが、もはや、朝から作業を始めて7~8時間ぐらい経っており、
頭が疲れて働かない。
 
とはいえ、日曜日には本摺りにまでこぎつけたいので、
彫り調整といって、版が重なり過ぎた部分などをぎりぎりの重ねになるよう、
彫りの修正もかなり必要だ。
 
夕方になると、目はしょぼしょぼしてくるし、肩もパンパンだし、
ずっと長時間正座していたせいで、ふくらはぎの血流が滞っているのがわかる。
 
そんな自覚症状がでるまでやらないよう注意する、
整体の先生の困った顔が目に浮かぶが、
頭の中は明日の予定、あさっての予定などが渦巻き、
やっぱり今やらなくてはと焦る自分に押し切られてしまう。
 
何とか、最終のイメージが掴めるところまできて、筆と刀を置き、
夕飯の仕度のため重い腰を上げた。
 
本気で重い腰になっていて、
一瞬、立ち上がりざまによろけた。
 
このまま、ここで倒れてはシャレにならない。
絵師KIMINOは何としても摺り師KIMINOにバトンを渡さねば・・・。
 
バトンといえば、日本のお家芸になりつつある、4×100メートルのリレー、
今回初めて見た第1走の多田修平君は可愛い。
何と言っても笑顔がいい。
素直な性格が顔に表れている。
 
ケンブリッジ飛鳥が故障で最終滑走が藤光謙司君になったのは残念だけど、
こちらもイケメンだったなぁ。
 
それにしても、ボルトのあの劇的な幕切れ。
まるで映画の1シーンのような衝撃的な最後の姿。
 
力を出し切った男がそこにいた。
 
私も力を出し切らねば・・・。
 
なんて、ひとり妄想し、独り言をつぶやきながら、
アトリエでは熱き戦いが繰り広げられていたのである。


2017年8月15日火曜日

彫り師KIMINO

 
 
 
朝から雨がしとしとしとしと、これでもかという感じに降っている。
東京や横浜は連続15日間、雨降りだそうだ。
 
真夏はどこいった。
猛暑はもう来ないのか。
猛暑になったらなったで文句を言うくせに、ならないならないで少し寂しい。
 
そんな湿度90%の毎日、
私は来る日も来る日も時間があれば彫り台の前に座って、
木版の版木を彫っている。
 
特に昨日と今日は一日中彫っていたので、
口を開いたのは、
ご飯が出来たときに「パパ~、ご飯出来ました~」と階下から叫んだだけ。
 
叫んでも、直ぐに降りてくるわけではないので、
先に食べ始めてしまうから、
目の前にダンナが座った時にはあらかた食べ終わっていて、
会話もなく、業務連絡だけ。
 
自分の気持ちは彫りを進めることに向かっているので、
ご飯が終われば、そそくさとアトリエに籠もってしまう。
 
本当ならば、こんなに雨が降っていて湿気った日は摺り日和なのだが、
残念ながら、彫りが間に合っていないので、摺りたくても摺れないのだ。
 
日曜日まではこんなぐずぐずしたお天気が続くと予報が出ているので、
そこまでに摺りにたどりつければと考え、
今は口も効かずに彫り師KIMINOに徹しているというわけだ。
 
それもこれも版17のクロアチア展に出品する新作を創りたいがため。
 
9月7~9日に取りまとめ役のO氏の元に届くよう、頑張っている。
 
世の中はお盆休みの真っ最中。
高速道路はところによっては40キロもの大渋滞。
孫を迎えた郷里のじじばばは
「おぼんだま」とかいう「お年玉」のお盆バージョンを孫に手渡し、
孫の関心をお金でつなぎ止めようということらしい。
 
単にポチ袋会社の陰謀だと私は思うが、
数年したら孫にいそいそ「おぼんだま」を手渡す自分がいるかもしれないので、
今ここで、多くは語るまい。
 
明日は長女の病院行きのため、その間、長女宅で孫をみる約束だ。
 
彫り師は一時休止で、世話焼きばぁばの出番らしい。
 
生後2ヶ月半の柔肌を指すって、赤ちゃんの匂いをクンクンして、
彫りに疲れた体を癒そうと思う。

2017年8月13日日曜日

中島けいきょう詩集 出版記念会

 
 
 
版17というグループのひとり中島けいきょう氏が、
齢80にして、初めての詩集を出版した。
 
けいきょうさんとは版画家集団の会の知り合いなので、
現代美術家という側面しか知らなかったのだが、
この度、詩集を編み、出版したということだ。
 
横浜駅のほど近くプラザホテルのパーティルームでお祝いの会をすると
招待状が届いたとき、7000円という会費にも少し躊躇したし、
さほど親しいわけでもないと迷いもしたが、
これも娑婆のおつきあいと割り切って、出掛けることにした。
 
中島けいきょう氏は中島清之という横浜美術館で大回顧展が開かれるような
日本画家を父に持ち、
直ぐ下の弟に美術評論家、更に下の弟が有名な日本画家の中島千波という、
芸術一家に生まれた。
 
高名でしかも金持ちの弟を持って、
全然、お金とは縁遠い現代美術家を生業としていたのでは、
やりにくい面も多々あっただろう。
 
しかし、会場にはそっくりな顔立ちの弟達もやってきて、
80歳で初めて詩人としてデビューを果たした兄貴にお祝いの言葉をかけていた。
 
私も版17のメンバーや顔見知りの評論家、
8月下旬に「文学と版画」展でお世話になるギャラリーオーナーなどと歓談し、
お祝いの会の末席に連なっていた。
 
詩集は『嗚呼、無蒸し虫』という表題だ。
 
その『嗚呼、無蒸し虫』という詩も中にある。
 
虫虫
蒸し蒸し
虫下し
 
虫籠
蒸し風呂
虫眼鏡
 
蝕む
毟る
             蒸し封じ ・・・と続いていく。
 
まだ、よく読んでいないのだが、
いつものけいきょう節というか、
だじゃれ好きのおじいさんは実は哲学的なことを常に考えてもいて、
理屈っぽくて、ものごとに批判的で、でも、言葉をよく知っているので、
ときどき感心するような言い回しをして、ドキッとさせる。
 
たぶん、そんな調子の詩集のような気がする。
 
会場のプラザホテルは初めて行ったのだが、
横浜駅のすぐ近くなのに、こんなに昭和の匂いプンプンの汚いビルが
まだ残っていたのかと思うような建物で、
最上階のパーティルームも天井が低いので狭く感じ、ひといきれでざわついている。
 
更にブッフェの料理のすべてが味が濃く、ありえない不味さだった。
薄っぺらい詩集を含めてとはいえ、7000円の会費はぼったくりだと思ったのは、
私だけではないだろう。
 
作家業(画家や版画家、小説家に詩人など)を生業にしている者は
一生のうち、何回か、こうした作品発表の舞台を用意して、
お祝いしてもらったり、作品の批評を仰いだりする機会がある。
 
自分で用意することもあるし、用意してもらえるときもある。
 
それは案外お金のかかるものだというのは実感しているのだが、
100人近くの人がお祝いに駆けつけ、出版記念会を催したというのに、
これはちょっといただけない・・・というのが今日の本音だ。
 
20歳以上年の離れた奥さんは
「もう年だから生きている内にできる最後の会になるんじゃないかしら」と
まるで生前葬のようなことを言っていた。
 
私もこれから何回、個展が出来るのか、グループ展はいつまで続くのか、
最近は年ごとに考えるようになった。
 
己の身の始末、
作品発表のタイミングと場所と方法など、
いろいろなことを考えさせられた今日の出版記念会であった。
 
さて、これから、齢80にして人は何を思うのか、
戦争を身近に体験した人は何を言い残すのか、
じっくり、真夏の夜長にページをめくるとしよう。
 
その前にちょっと正露丸。
 
どうもまだ、パーティ料理が胃の腑に落ち着かない・・・。
ぎゅるぎゅる~。
下痢ポーテーションである。嗚呼。
 
 

2017年8月4日金曜日

新作のトレペ転写

 
 
 
6月7月と2ヶ月間、アトリエを乳児室として明け渡していたので、
そろそろ版画家としての本分に戻らなければなるまい。
 
一応、秋に予定されている3つの展覧会のための作品は
すでに出来上がっているが、
つい先日、来年1月にクロアチアで版17の展覧会が開かれることになったと
聞かされた。
 
そこにはひとり4~5点、作品を送り込まなければならないという。
 
しかも、1月下旬の会期に対して、9月中旬には取りまとめを行い、
17人分の作品を木箱に入れて、クロアチアに発送するという。
 
クロアチアの人は以前の私の作品なんて、観たことあるわけないので、
旧作を展示しても何の問題もないとは思うが、
版17の主要メンバーはこれから9月下旬に行われる版17銀座展に出すものとは違う
作品を用意するつもりのようだ。
 
木版画は制作に時間がかかる。
色数の多い私の作品はとりわけ時間が必要だが、
5点全部を今年と去年の版17銀座展と同じというわけにもいきそうにもない。
 
そこで、すっかりばぁばモードになって、なまった体にむち打ち、
新作に着手することにした。
 
今から創る新作は、孫が生まれる寸前まで彫っていた新作と連作になるよう考え、
まだ誰の目にも触れていない2点の新作を、9月初めまでに創ろうというわけだ。
 
しかし、8月は暑いので、木版画の摺りには全く向いていない。
 
この湿度の高さに加え、気温が高いのに、更に加湿器をかけて加湿し、
クーラーは乾燥を呼ぶので、使えないときているから、
熱中症間違いなしの悪条件だ。
 
本当に出来るかどうか心配だが、今、心配していても始まらない。
 
「キミちゃんはやるときはやるよ」という心意気だけで、決行するつもりだ。
 
幸い、2点目の原画のイメージもすんなり湧いて、
1点目と対の作品は縦キャンと横キャンで似たイメージ、
時計草が重層的に画面いっぱいに広がる絵柄だ。
 
原画を興しているそばから
「時を重ねて」と「時にゆだねて」というタイトルも浮かんできたので、
出足好調。
 
すんなりタイトルが決まると、その後がスムーズにいくというジンクスがある。
 
新しい命に触発された新作は、2枚接ぎの作品になりそうなので、
秋、涼しくなってから手がけることにして、
まずは中ぐらいの大きさの新作から再開することにした。
 
新作の図案が思い浮かばない産みの苦しみより、
この暑さの中、制作する苦しみの方が楽だと自分を慰め、
ここしばらくは、取り戻したアトリエに籠もって、制作に没頭しようと思う。

2017年7月30日日曜日

お宮参り

 
 
 
 
 
 
今日は初孫志帆のお宮参り。
 
朝になっても雨がしとしと降っていて、少し心配したけど、
大阪から若旦那のご両親も来てくれていたので、予定通り、決行。
 
お宮参りは生後1ヶ月を過ぎたぐらいでするものという慣例からすると
大人の事情で生後2ヶ月を少し切るあたりのお宮参りになった。
 
場所は1月下旬に帯祝いでお祓いをしてもらった桜木町にある伊勢山皇大神宮。
お礼参りの意味も込めて、同じ神社でするらしい。
 
今年の1月、お腹の中にいた子どもが、この世に生を受け、
ここにいることの不思議と、
娘達にとって激動の2017年を思い返しながら、本殿へと向かった。
 
今日、お宮参りを希望した家族は同じ11時半の組だけでも8組もあり、
6月生まれは多いのかとビックリ。
 
しかも、そのほとんどが女の子。
華やかな赤やオレンジやピンクのお祝い着が並んだ。
 
ひとつ前の組は目の前を白無垢姿で通っていったカップルの結婚式だったので、
その厳かなたたずまいを見送りながら、
我が家の昨年11月の結婚式を思い出し、
その時、すでにお腹に志帆はいたのかと思うと、感慨ひとしおだった。
 
8組の家族は先頭に赤ちゃんの父親、
次に赤ちゃんを抱いた父方の祖母、
次に赤ちゃんの母親、
その後ろは母方の祖母、
更に後ろに父方の祖父、母方の祖父という順に縦に並んだ。
 
こんなに一緒にお宮参りが重なるとは誰も思わなかったようだったが、
祝い着を肩からかけられた赤ちゃんがずらりと並ぶと壮観だ。
ザ・日本の行事という感じ。
 
観るともなく観てると、同じ1ヶ月でも新生児っぽい赤ちゃんもいるし、
ウチの孫のようにしっかりした感じもいる。(髪の毛のせい?)
ずっと泣いている子もいれば、ぐずっている子もいれば、
ウチの孫のように、終始、寝ている子もいる。
 
すでに個性はあるんだなと感心しながら、つつがなく式は終わり、
本殿前で記念写真を撮って、
そこから横浜駅近くのホテルで懐石のお祝い膳を囲んだ。
 
まだ、2時間に1回、授乳が必要な赤子にとって、
初めての外での行事で、
幸い、雨が上がったとはいえ、お祝い着の中は蒸し風呂のようで、大変だ。
 
夏物の絽のお祝い着の人もベビードレスの人も様々だったが、
正絹に総絞りでのしめの柄はなかなかgood choiceだったのではないかと思う。
 
父方の祖母だの、母方の祖母だの、母親だのは抜きにして、
女性3人はかわりばんこに艶やかなお祝い着を肩からかけて、
何枚も写真を撮った。
 
(それにしても自分が母方の祖母という立ち位置に、まだ、なじめない)
 
肝心の志帆はなかなか笑顔とはいかず、寝ていたり、ぐずったり、大泣きしたり。
 
まあ、お宮参りの写真はそんなところだろう。
 
それでも、ちょうど1年前まではまったくの赤の他人だった2組の家族が、
ご縁があって親戚になり、
新たな命を迎えて、新しい絆を紡ぎ出す。
 
「子はかすがい」とはよく言ったもので、若い両親だけでなく、
その親世代にも幸せを運んで来てくれると、
心がほっこりしたお宮参りだった。
 
 
 

2017年7月26日水曜日

脱皮した海老さま

 
 
 
 
思いがけず、仕事で行けなくなってしまった友人から連絡を受け、
急遽、7月大歌舞伎の昼の部に行ってきた。
 
ここのところ歌舞伎にご一緒していた友人なので、
チケットは「蛇の道は蛇チケット」。
つまり、とあるルートを使って取った前から2列目のど真ん中21番という席だ。
 
6月7月は娘の出産後の里帰りで、孫に翻弄されると覚悟していたのに、
先週末、娘達が自宅に帰ったことで、体が空き、突然、行けることになった。
 
これで、ベイビーロスを癒そうと、私は心ウキウキ出掛けた。
 
7月の歌舞伎座は知ってのとおり、直前に麻央さんが亡くなってしまったため、
初日からニュースで大きく取りあげられていた。
 
海老さまこと、市川海老蔵が昼の部は連獅子、
夜の部は息子の勧玄君と宙乗りするとあって、
ファンはひと目親子の宙乗りを見ようと会場に詰めかけた。
 
私もニュースを見ながら、これ以上悲しい舞台姿はないだろうと、
その場にいられる人を不謹慎ながら羨ましく思ってみていた。
 
友人の持っていたチケットは昼の部なので、宙乗りはないが、
巳之助さんとの連獅子に期待がかかる。
何年か前に奈良の藥師寺の奉納歌舞伎で見た海老さまの鏡獅子の時と
どんな風に変わっているか・・・。
 
昼の演目は『矢の根』『加賀鳶』『連獅子』の3題で、
『矢の根』と『連獅子』はお正月でもいいような華やかな演目。
 
衣装もかつらも身につけているものすべてが豪華絢爛で、
内容も勇壮だし、豪快だし、歌舞伎らしい演目だ。
 
しかし、その2題より何より、世話物の『加賀鳶』という世話物の海老さまが
出色の出来。
 
海老さまは俺さまキャラなので、何をやっても謙虚さがなく、
渋い演技も嘘臭いと思っていたのだが、
今回の小悪党道玄は力が抜けて、道玄のいやらしさとかずるさを
白目の見せ方やわざとしている活舌の悪さでうまく表現。
 
何か1枚皮がむけたというか、真の悲しみを経験して、人間が大きくなったというか。
 
今までの海老さまとはちょっと違うと感じた人は多いのではないだろうか。
 
一方、父親の板東三津五郎亡き後、家元を継いだ板東巳之助の方は、
一生懸命なのは分かるが、抜けがないというか、溜がないというか、
硬くてストレートの剛速球という印象。
 
友人曰くの「ぶんぶん丸」だけど、一生懸命さだけはぶんぶん伝わってきた。
 
友人は三津五郎門下で踊りをしていたので、巳之助の行く末が心配なんだと
思うが、まだ若いから、これから経験をたくさん積んでよくなるだろう。
 
今日はひとり2列目のど真ん中21番の席で観劇だったが、
周囲のメンバーが濃かった。
 
1列21番、私の真ん前は最前列で「よっ」とか「いよーっ」とか
声をかけ続ける70ぐらいの女性だった。
 
大体、歌舞伎のかけ声は3階席の大向こうと呼ばれるところから、
「成駒屋!」とか「澤瀉屋!」とか男の人の声でかかるのが普通なので、ビックリ。
 
3列21番、私の真後ろの席は太った50ぐらいの女性だったが、
この人は決めポーズにさしかかるや否や拍手する人で、
とにかく会場で1番に拍手することに命をかけている感じ。
 
背後で首筋のあたりに拍手の圧がかかり、音と風が来たので、ビックリ。
 
左横、2列19番と20番は80近い老夫婦で、歌舞伎は何度も夫婦で観ている様子。
ただし、ダンナさんの方は歌舞伎にとても詳しく、しっかりしているが、
奥さんの方は少し認知症の気配。
 
幕間の話声によると・・・
妻「加賀鳶なんて知らないねえ」、夫「去年、観てるよ。観てないのは矢の根だけだよ」
妻「ん?加賀鳶なんて観たことないよね」、夫「・・・」
 
妻「あらら、暗闇の立ち回りは大変だ~」、夫「それがお決まりなの」
妻「あら、これは暗闇っていうことなの?」、夫「・・・」
 
妻「私、トイレに行っておいた方がいいかしら」、夫「そんなこと自分で決めなさいよ」
妻「やっぱりトイレは行った方がいいかしらね」、夫「さっさと行きなさいよ」
と、こんな感じ。
 
キャラの濃いメンバーに囲まれ、
ひとり「海老さま、よくなったわぁ」「巳之助、頑張ってるわぁ」とひとりごちながら、
大好きな歌舞伎の世界に戻って、浸れる幸せな時間を過ごしてきた。