2017年11月21日火曜日

顔見世大歌舞伎 鑑賞

 
 


 
11月に着物を着てお出掛けするのは4回目。
本日は歌舞伎鑑賞。
 
例によって2列目ど真ん中のお席をとってくれる有能な助っ人とともに、
11月の歌舞伎座『吉例 顔見世大歌舞伎』の昼の部を観に行った。
 
幸いお天気もよく、秋の突き抜けるような青い空に映える
乱菊の柄のブルーの着物。
 
個性の強い着物にすべては合わせて、帯も帯揚げも帯締めも色味を抑え、
黒地の道中着を着用。
自分でいうのもはばかられるが、ちょっと普通じゃないよね感ハンパなし。
 
今日はテレビ収録が入っていて、何台もカメラやマイクが置かれている他、
会場のお客さんも評論家っぽい人や声をかける人も多く、
なんとなくいつもとは違う雰囲気だった。
 
着物を着ている人はさほど多くはなく、
そのせいか、ジロジロ見られているという印象だ。
まあ、もちろん私の単なる自意識過剰なんだとは思うが・・・。
 
演目は染五郎の『鯉つかみ』
吉右衛門の『奥州安達原』
菊五郎の『雪暮夜入谷畦道』
 
もちろん主役の役者の他にもたくさんの役者が出てはいるのだが、
この3人の個性にぴったりはまる役どころの演目という意味。
 
『鯉つかみ』は先代の猿之助が得意とした中吊りあり、大立ち回りあり、
早変わりありで、
本物の水が大量に使われる、これぞ正に歌舞伎というような
ケレンみたっぷりのダイナミックで楽しい作品。
 
前列3列目まではビニールシートが配られ、
まるで八景島シーパラダイスのイルカショーだ。
 
しかし、肝心の染五郎は立役者として少し小柄な上に表情が乏しく、
凄みみたいなものが足りないので、ちょっと物足りない。
 
舞台の演出自体は大仕掛けで素晴らしいので、
尚のこと、残念だ。
 
来年早々、幸四郎、染五郎は親子三代の襲名披露公演が予定されているから、
これからの歌舞伎界をしょってたっていく役者なんだけど、
持って生まれたオーラや存在感みたいなものは
出せといって出せるものでもなく、いかんともし難い。
 
2番目の演目『奥州安達原』は吉右衛門の十八番の役どころとかで、
たしかにはまり役とはこういうことかと思わせる安定感だ。
 
出ずっぱりの子役金太郎君(染五郎の子)がいい仕事をしていて、
まるで女の子のような容姿と健気な感じが役にピッタリ。
1月2月の襲名公演も楽しみだ。
 
3番目の演目『雪暮夜入谷畦道』は
菊五郎の片岡直次郎、時蔵の三千歳が
これ以上の配役はないと思わせるはまり役。
 
江戸の粋でいなせなちょい悪オヤジをやらせたら菊五郎に勝る人はいない。
同じく粋で色っぽくて少しはすっぱな芸者や女将をやらせたら時蔵はピカイチだ。
 
先ず、最初の場面が蕎麦屋の店先なのだが、
そこでは客が本物の蕎麦をすすり、キセルでタバコを吸うシーンが出てくる。
 
蕎麦を茹でる湯気や香り、タバコの煙や匂いまでもが会場に漂い、
江戸の入谷の庶民の暮らしを彷彿とさせる。
 
蕎麦と燗酒を注文した直次郎(菊五郎)が、おちょこの中の虫を箸でつまみ出す
そんな小芝居も定型のものらしく、
そのしぐさの直前に大向こうから「待ってました!」の声がかかった。
 
江戸時代からそうやって芝居を受け継ぎ、
型を作り、お家の芸を高めてきたんだということを、ふと感じることが出来た。
 
11月の『顔見世大歌舞伎』というのはそういうこと。
 
歌舞伎界の大御所達がそれぞれのはまり役を演じ、
連綿と続く家の芸を披露する場なのである。
 
 
 
 
 
 

2017年11月15日水曜日

横浜陶芸倶楽部 展示会

 
 
 
 
 
昨日から横浜市民ギャラリーで、
所属している横浜陶芸倶楽部の展示会が行われている。
 
2年に1度開催のビエンナーレ形式で、
会員と先生の計27名が出品している。
 
先生といっても、この会は自由作陶が基本なので、
技術的なことを質問したりはするが、
何を作るか、どうやって作るかなど、制作のほとんどは本人に任されている。
 
ただし、毎回展示会には「課題」が課されていて、
今回は「貯金箱」と「抹茶椀」であった。
 
そのふたつだけは全員必ず作らなければならず、
貯金箱を使っている人は皆無だろうし、
抹茶を飲む習慣のある人も皆無に近いかも知れないが、
それとは別に制作に励んだ。
 
幸い私は抹茶とは縁の深い生活だったので、抹茶椀の制作の延長線で、
自作のテーブルは茶道に関係のあるものばかり、
抹茶椀はもちろん、菓子器、香合、蓋置きといった茶道具のラインナップで揃えた。
 
貯金箱は布の袋みたいな感じで、ヒモ結びで口が締められている白い作品だ。
貯金箱の口は布のとじ目の上部に透き間があり、
そこからコインやお札を入れるデザインにした。
 
貯金箱は本当に様々なデザインのものが出揃い、
普段使わないものを作ることで、それぞれの個性やセンスがもろに現れ、
面白い展示になっていた。
 
また、課題ではなく、それぞれのテーブルをひとりずつ丁寧に見てみると、
ひとつの器では分からないその人らしさがいくつかの器の集合によって感じられ、
人となりやその人の生活の様子などが垣間見える気がした。
 
逆に私の作品群を見て、人はどんな風に感じるのか、
どんな人となりが透けて見えるのか、
明日の展示会のお当番の時や、週末のレセプションの時になどに、
メンバーとおしゃべりするのが今から楽しみだ。
 
作陶時は決まった曜日に決まったメンバーとしか会わないし、
ほとんど寡黙に制作して過ごしてしまうので、
展示会は同好の士と触れ合ういい機会になるだろう。
 
お茶のお稽古で会う人達、陶芸の工房で会う人達、
絵画教室やカウンセリングやビジネスや、整体や美容院など・・・。
 
それぞれのフィールドで出逢うタイプの違う人達と交友することの面白さを思う時、
自分は人そのものが好きなんだろうな、
珍しいタイプの絵描きかも・・・などと考えた。
 
 

2017年11月14日火曜日

第六十九回 湘南同好会茶会

 
 
 
今にも空から雨粒が落ちてきそうな今朝9時前、
人気のない鎌倉の鶴岡八幡宮の茶室前に到着。
 
今日は表千家千家茶道の神奈川支部、湘南同好会のお茶会である。
 
お社中の中でウィークデイでも動けるということで、先生からお誘いを受け、
ふたりで参加させていただくことになった。
 
他に1番弟子の方のご実家のお母さんが福島から総勢12名で見えるとか。
いずれも着物着用、お客さんの所作は出来て当たり前の特別な空間だ。
 
お茶席4席と点心席があり、
中でも定刻より早めに始められる先生のお席を狙って、集合。
効を奏して、1回目のお席に入ることが出来たので、その後も万事順調に進み、
午後1時半には全てのお席に入ることが出来、
合計4服のお茶と5種類のお菓子をいただくことが出来た。
 
しかし、半生菓子を3つもいただくというのは、実はかなりハードで、
席入りの際はバッグを手放すので、
出されたお菓子はお腹の中に収めることになるのだが、なかなかにしんどい。
 
以前もこのようなお茶会に伺ったことはあるが、そんなにはお茶も飲めないし、
お菓子も食べられないと、2席かせいぜい3席回って、
後は点心を食べておしまいということが多かったが、
今回の先生は非常に熱心な先生なので、全席制覇が当たり前らしい。
 
いずれのお席も現在の家元や先代の家元の箱書き付きの蒼々たるお道具が
きら星のごとくに並び、目もお腹もいっぱいいっぱい。
 
世の中にはこんな凄い世界があるんだなと今更ながらに驚嘆のひと言だ。
 
しかし、どのお席も写真をパチパチ撮ることは暗黙の了解で許されていないらしく、
ブログにアップできないのが残念無念。
 
どのお席も目玉のお道具(おご馳走という)はあるのだが、
印章深かったのは、常陸席という男性の席主、男性ばかりのお点前と半東のお席で、
煤竹の茶筅3千本を燃やして作ったというたばこ盆の灰だった。
(30本でも300本でもなく、3000本の茶筅だ)
 
たばこ盆なんて現代で見るとしたら、時代劇か歌舞伎ぐらいだろうが、
昔は四角い持ち手のついた箱に火入れとタバコ入れとパイプ2本をセットにして、
お正客(1番偉いお客)の脇に置いておく。
 
今は実際にタバコに火を点けて飲むなんてことはないのだが、
それが置かれていないと茶席の恰好が取れない。
 
その直径12センチぐらいの陶器の火入れ、
大ぶりの湯呑みのような形で中に灰を入れ、山型形を整え、
真ん中に小さな炭を置き、火種にする。
 
その灰。
通常、灰は灰色、つまり、ベージュのようなグレーのような・・・。
しかし、煤竹の茶筅を3千本燃やして作ったという灰は青みがかった灰色だった。
 
陶器製の火入れの内側が薄いブルーだったので、
何とも不思議な趣で、亭主のこだわりを感じるひと品だった。
 
他の例えば、桐の白木の楚々としたお茶入れに鳳凰の絵柄が描かれており、
蓋を開けると中はすべて金貼りとか、
絽縁と結界は共に聚光院本堂の古材を使って造られただの、
先代の家元の覚入作の赤楽の茶碗だの、
家元直々に77歳のお祝いの時に書いてもらって『寿』のお軸だの・・・。
 
もはや、覚えきれない。
 
この湘南同好会のお席はいいお道具が出るからと、お誘いいただいたのだが、
猫に小判というか、豚に真珠というか、
何だかいいものをたくさん見すぎたせいと、
正座のし過ぎと、着物で肩が凝ったのとで、帰ったらドッと疲れが出てしまった。
 
深くて遠いはお茶の世界。
 
30数年、お茶のお稽古には通っているはずだが、
まあ、不思議ワンダーランドだと本日も思った次第である。
 
 
 
 
 
 
 

2017年11月10日金曜日

西新宿からビジネスの予感

 
 
 
 
生まれて初めて丸ノ内線の西新宿の駅に降り立った。
地下から外に出ると、正面の高いビルの奥に都庁が見える。
いわゆる高層ビルの建ち並ぶ新宿副都心エリアである。
 
この界隈に来たことがないわけではないが、
西新宿という駅から地上に出たのは初めてだ。
 
駅から右手へ260メートルのところにある地上40階建ての
住友不動産新宿グランドタワーが今日、面談のために訪れた場所だ。
 
1階のエレベーターホールはテレビのトレンディドラマで絶対見たことがあると思える
スケルトンのエレベーターで、
1階から一気に30階まで上がる一基30人ぐらい乗れそうな大型のエレベーターに
若いビジネスマンが当たり前という顔で(当たり前なのだが)乗り込んでいく。
 
おのぼりさんの私も一見当たり前という顔で乗り込み、
30階で別のエレベーターに乗り換え38階まで。
 
新宿副都心を眼下に見下ろすフロアを、実にラフな服装で働く人達が、
いかにもIT企業という空気感をプンプンさせながら行き交っている。
 
その内のひとりのTさんがこれから私の担当さんについてくださるということで、
今日は初めて直接お目にかかり、詳しい話を伺うと共に、
今後の仕事の方向性を決めることになった。
 
今まで電話やメールでしか話したことのない相手が目の前に現れ、
双方、初対面なので、つまり、第一印象を形成すると共に、
仕事の話を前に進めるということは、
お互い、好印象を持ったということに他ならない。
 
1時間と少し、主には私の経験と経歴などについてお話しし、
それを手元のパソコンでまとめながら、
Tさんは私と女性経営者とをつなぐ売り文句を考えたり、
NEEDSとWANTSをどう結びつけるかイメージしたりしたに違いない。
 
エグゼクティブコーチだなんてこっぱずかしい名称だけど、
私がこれまでに培った様々なスキルや経験、カウンセラーとしての知識や力量が、
新たに活かされる場が生まれるかも知れないのだ。
 
横浜で市井の女性達の少しでも力になれればと思ってやってきた
心理カウンセリングが、もう少しフィールドを広げられそうなのだ。
 
40代の頃、出張で広島や博多などに泊まりがけで研修に行ったことや、
当時、横浜から延々電車を乗り継いで、舞浜にある某社まで研修に通ったことが、
昨日のことのように思い出された。
 
これからどこにお仕事で伺うか全く未知数だが、
これまでのように駅前ビルの討議室にクライアントさんに来てもらうという形では
なくなるだろう。
 
今更ながら、自分に与えられたNEEDSを新鮮な気持ちで受け止め、
まだ見ぬどこかの女性経営者の心の支えになれればと思う。
 
世の中、真面目に生きていれば誰かが見ていて認めてくれる
そんなことを感じた今日の面談であった。
 
ばぁば生活はばぁば生活として、
ごめん、私、ちょっくら、エグゼクティブカウンセラーになるわ!
 
 

2017年11月2日木曜日

メロメロばぁば日記

 
 
 
 
生後満5ヶ月ちょっと前。
少し周囲の人が分かってきて、愛想がよくなってきた孫が、
3泊4日で遊びに来た。
 
生後100日のお食い初め以来、我が家にきたのは久しぶり。
 
その間、ほんの少しだけ会ったけど、会う度に出来ることが増えてきて、
今は抱き上げると膝の上で足を突っ張って立とうとしたり、
座らせるとグニャグニャに屈伸しちゃうけど、何とか座れる。
 
バウンサーなる椅子に座らせると、右足をグルグル回しながら空中でキックし、
椅子の揺れを勢いづかせて遊ぶことを覚えた。
 
アーだのウーだの、叫び声を上げながら、おしゃべりをし、
人が顔を覗き込むとニコニコする。
 
こうしたお泊まりは
母親である娘を多少なりとも子育てから解放するのがひとつの目的だけど、
何と言っても、オーママの顔を認知し、慣れさせることの方が重要事項。
 
そして、日に日に成長してしまう前に、この瞬間にしか見せない表情やしぐさを
この目に焼き付け、
この手で抱きとめたいという思いから、
日帰りではなく、お泊まり保育と相成ったわけである。
 
自分が育てたときとはまったく違う感慨がこみ上げ、
実際は通常の時間が止まってしまったかのような拘束感があるのだけれど、
それもまた良しとこの小さな命を秋の日差しの中で眺めていた。
 
子育てネタで作品をいつまでも創るわけにはいかないかも知れないが、
(また、先輩からお叱りをうけるかも・・・)
やっぱり自分の中にある母性というか祖母性?が、
この小さな命を前にきゅんきゅんしてしまうのは素晴らしいことだと思う。
 
命が連綿とつながっていく感じ。
 
娘の小さな時とそっくりな孫、
そんなところまで似なくていいのにというところまで似ているので、
30数年前の記憶がよみがえる。
 
自分が感じたのと同じ歓びと心配と驚きとを毎日、感じながら、
娘も奮闘しているに違いない。
 
現代は少し情報過多かなと思う面もあるけど、
目の前の自分の娘の発するメッセージを読み取って、
上手にコミュニケーションをとりながら過ごして欲しい。
 
まだ、物言わぬ娘と、交信できる母親なり、父親なり、ばーばやじーじなりが
子育てには必要なのではと、そんなことを感じた3泊4日であった。
 
 

2017年10月20日金曜日

初見参 上野・韻松亭

 
 
 
上野公園のど真ん中に位置する料亭"韻松亭"で、友人ふたりと食事をした。
 
30年来の戦友のような古い友人達と、
都美術館で開催中の版画展を観て廻り、午後1時からの少し遅めのランチである。
 
韻松亭は創業明治8年というから、
私が大学・大学院時代にも当然、上野で料亭を営んでいたに違いないのだが、
毎日上野に通っていても、学生の身分で来るようなところでもなく、
その後、毎年、自分が出品している版画展やその他の展覧会を観に来た折に
立ち寄ってもよさそうなものだが、老舗料亭という敷居の高さからか、
なぜかご縁がないままに今日に至ってしまった。
 
初めて敷居をまたいだ韻松亭の印象は、
思った以上に中が広くて、複雑な建物で、
仲居さん達がいずれもきびきびしているということだった。
 
私達が通されたのは一番奥の茶室で、こじんまりした小間席だった。
古材を使って造られているようで、雪見障子を開けた向こうには
これが上野公園の桜の沿道裏とは思えない日本庭園が見える。
 
花籠に入ったお料理は小さなものがぎっしり詰まっており、
生麩や湯葉とこんにゃくの刺身、おからの焚き物、赤こんにゃく等々、
いずれも薄味ながら丁寧に作られていて、お味だけでなく彩りも美しい。
 
籠の外には中にごま豆腐の入った珍しい茶碗蒸しと、
大豆を長時間、煎ったものとお米を一緒に炊いた、香ばしい豆ご飯、
赤だしのお味噌汁がつき、これまた手間暇かけて作られていることが分かる。
 
最後の麩まんじゅうはあんも生麩もすべて手作りとかで、こちらも美味。
お茶さえ、おから茶とかいうおからを煎って作る香ばしいお茶だった。
 
たぶん、調理場では修行のように、延々とごま豆腐のごまをすり鉢ですったり、
おから茶のおからを煎ったり、
豆ご飯の大豆を煎ったりしている若い調理人がいるのだろう。
 
明治8年創業以来の料亭の意地と魂を垣間見た気がした。
 
 
 
そして、すっかり長居をして、ようよう腰を上げ、
最後にお部屋についているトイレに行って、ビックリ。
思わず、「ここのトイレ、たとえ使わなくても見ておいた方がいいわよ」と
部屋の友人達に声をかけてしまった。
 
 
 
ガラガラと引き戸を引くと、どこかの由緒ある古屋にあったものなのか、
見たこともない藍の染め付けの男性用便器と和式の便器がそこにはあった。
 
よく見ると、いわゆる普通の和便器の上に昔の染め付けの便器を乗せ、
二重に板場を作ってその和便器で使えるようにしたという感じだ。
 
写真にはないが、手洗いも陶器の鉢を埋め込んであったから、
凝りに凝って、このお便所というか厠を造ったということだろう。
 
ここは一番奥の茶室に通されたお客だけが使えるとのことで、
偶然ながらお得感満載だ。
 
私にとって、何十年も近くて遠い存在だった韻松亭は、
行ってみれば思いの外、気安く温かに迎えてくれ、
しかも、丁寧な仕事の美味しいお料理のいただける、
明治にトリップしたようなワンダーランドだった。
 
次は桜の頃にでも、着物で来られたらと約束し、
一歩外に出ると、10月下旬とも思えない冷たい雨と風がほおを打った。
 
あ~ぁ、これが現実・・・。
 

2017年10月17日火曜日

恐るべし運慶

 
 
 
毎日、寒い。
そして、雨。
 
しかし、こんな時だからこそチャンスと思って、
上野の東京国立博物館・平成舘で行われている"運慶展"に行ってきた。
 
入館状況をネットで検索すると、朝イチほどチケット売場も会場も
待ち時間が長いことが分かったので、
先ずは、銀座に出て、友人の個展を2箇所回り、
ランチを済ませて、山手線に乗った。
 
朝からの雨が、あいにく午後2時には止んでしまったので、
ちょっと嫌な予感がしたが、
何とかチケット売場も会場入口も並ぶことはなく、入館することは出来た。
 
イヤホンガイドを借り、
入口から1歩入ると、やっぱりというか、なぜ?というか、
早くも人だかりで、寒いどころか蒸し暑さでスカーフをもぎ取った。
 
音声ガイドがあるので、文字で埋まった看板はスルーし、
いきなり、運慶のデビュー作へ。
奈良の円成寺にある国宝・大日如来座像である。
 
一昨日のテレビ・日曜美術館の運慶展特集でやっていたが、
確かにそれまでの仏像のスタイル=静かで動きがなく、端正な顔や体からすれば、
肉付きもよく、組んだ手の位置が少し高かったり、
姿勢がやや反り気味で堂々としていて、風格がある。
 
このぐらいの大きさの仏像は通常3ヶ月ぐらいで完成させるところを、
運慶は11ヶ月の歳月をかけ、しかも、
台座の裏に湛慶の実弟子運慶とサインまでしているから、自信作に違いない。
 
しかも、それがデビュー作にして、国宝だ。
 
今回、運慶の作品とされる31体の仏像の内、22体が勢揃いしているので、
運慶とは何者かを知るには見逃せない展覧会と言えるだろう。
 
今日も来場者は多かったが、たぶん、会期が後ろになればなるほど、
もっと増えるだろうから、これでもいいときに行ったということになるだろう。
 
混んではいるが、仏像自体が大きいし、立体だから絵画のように壁伝いに見なくても、
点在していて360度ぐるりと見ることが出来るので、その点もだいじょうぶ。
 
会場の背景が黒っぽく、仏像がライトアップされて、浮かび上がる展示は、
お寺の堂内とはまた、違う美しさだ。
 
私が個人的に気にいったのは、
不動明王をお守りする八大童子立像の内の"制多伽童子"
 
赤い顔と体で、実に凛々しく、示唆に富んだ表情をして、かっこいい。
5つの瘤みたいに結んだヘスタイルもいけてるし、衣の動きや装飾も精緻で美しい。
水晶の玉眼がぎらりと光って、きりっと上がった目尻といい、
ピッとしまった口元といい、惚れ惚れする。
こちらも国宝だ。
 
それから、通常、四天王に踏みつけにされているあまのじゃくが立ち上がって、
頭に鐘楼を載せている龍燈鬼立像もいい。
 
相撲取りをモデルにして、創ったといわれる筋肉モリモリの体つきをしていて、
眉毛に銅版、目は玉眼、体に巻き付けた蛇には本物の皮を一部使ったとかで、
実に鎌倉時代1215年の作とは思えない斬新さだ。
これも国宝。
 
そして、最後の部屋にずらり並んだ12体。
「十二神将立像」
 
今はどこかのお寺ではなく、ふたつの美術館に5体と7体に別れて展示され、
今回のように12体が一堂に揃ったのは40数年ぶりとか。
 
運慶の手になるものではないが、
運慶の躍動感ある表現、豊かな表情、ユーモアのセンスなどを、
一派が遺憾なく受け継いでいる。
 
12体は十二支でもあり、それぞれ子神、寅神、辰神、申神・・・だ。
そして、子神は頭に鼠を、寅神は虎を、辰神はイノシシをつけている。
 
特にとぐろを巻いた蛇を巻きぐそのようにちょこんと頭に載せている巳神は
そのヘアスタイルが斬新で、真っ赤に染めた髪をざん切りに切って振り乱し、
大きな口を開け、何か叫んでいる。顔は緑色。
 
未神の頭にはそれと分かるように羊はのっていないが、
一人だけ、ヘアスタイルがもこもこしていて、カールしていて羊みたい。
顔は白塗りで右手で剣を振り上げているが、幾分、他より穏やかな印象だ。
 
自分の干支の神様がどの子か観に行くというのも面白いのではないだろうか。
 
仏像はいろいろな鑑賞の仕方があると思うが、
運慶の作品は想像以上に躍動感があるし、
ミケランジェロにも匹敵するような彫刻家として、
あらためて「凄い!」ということを知るだろう。
 
会期は11月26日までなので、まだまだあるが、
もし、興味があるなら、今のうち、
寒い日や雨の日の午後遅いあたりが狙い目だと思うので、
ぜひ足を運ばれることをオススメする。

2017年10月12日木曜日

"タンゴの魂"なる舞台鑑賞

 
 
 
久しぶりにタンゴの舞台を、みなとみらい大ホールに観に行った。
 
実は出演者に見知った人はいないので、誰のファンだからというわけでもなく、
ただ、ピアソラの曲を弾いてくれそうなことと、
2組のタンゴダンサーも出るので、
本場のタンゴダンスを間近で観たいという理由で行くことにした。
 
"タンゴの魂"
フアン・ホセ・モサリー二楽団
というのがコンサートの正式名称。
 
フアン・ホセ・モサリーニさんというのが、70代のおじいちゃんでバンマス。
ピアソラの曲を演奏させたら当代一。
自分も作曲した曲が何曲もあるらしい・・・
ぐらいの薄い知識しか持ち合わせていなかった。
 
しかし、これが何の何のとても素晴らしい演奏と歌唱、
そして、タンゴダンスだった。
 
とりわけ、ダンスは自分が少しかじったせいで、
以前は表面的にただかっこいいとしか思わなかったダンスが、
男性のリードがどのように行われ、それに反応して女性が動いているのが
手に取るように分かった。
 
自分も踊れそうな気がするというのは言い過ぎだが、
彼のリードで踊る自分が想像できる。
 
もちろん実際に体がついていくかは別にして、
男性のリードはいかになされるかが分かっただけでとても楽しかった。
 
また、日本でアルゼンチンタンゴといったら、
何十年も前の曲を演奏することが常だったが、
そんな演歌のようなてっぱん曲は1曲も無しで、
ピアソラの曲でさえ、初めて聴く曲があって、それもとても新鮮だった。
 
また、優れた歌唱力の女性ボーカリスト、ルモリーノの歌が素晴らしく、
特にアンコールで歌った「オブリビオン(忘却)」は凄かった。
 
ちらしをよくよく見ると、今回で9回目の来日公演とあるので、
もしかしたら日本でも有名な楽団なのかも知れないが、
私にとっては、何気に行ってみたら、掘り出し物だったみたいな感じだ。
 
すっかり気に入ったので、終演後、輸入盤のCDとDVDの2枚組を購入。
列に並んでバンマスのモサリーニ、歌手のルモリーノ、ダンサーのロドリゲスから
サインをもらい、握手してきた。
 
嗚呼、こんな時、スペイン語が話せたら・・・と思いながら、
3人に「グラシアス」とだけ伝え、
ミーハーなおばちゃんは明日からの彫りのお供にこのタンゴCDを加えようと、
いそいそと家路についたのである。

2017年10月8日日曜日

版画協会展はじまる

 
 
 
昨日から、上野の都美術館で、版画協会展が始まった。
 
ここ数年、運営委員としての活動から遠ざかっていて、
ただ単に作品を出品しているだけになっているが、
会期中、1度も観に行かないというわけにもいかず、
今日は娘の中高のママ友ふたりを誘って、観に行ってきた。
 
ふたりは次女がまだ高校生だったときからの友人なので、
早15~16年のおつきあいになり、
その長きにわたって私の作品を、団体展・グループ展・個展と
毎年、丁寧に観に来てくれているありがたい友人である。
 
と同時に、それぞれの娘達も成長を遂げ、今や立派な社会人として、
今、正に、働き盛り。
 
脂がのっているといっていい年頃だ。
 
一方、親達は等しく年を重ね、
今日の3人の中で1番若いひとりも年明けには還暦を迎える。
 
そんなそれぞれの人生や家族のありよう、時の流れを共有してきた友人とは、
会えば懐かしい昔話にもなり、お互いの家族の近況報告を歓びあう事が出来るし、
最後は自分達も頑張ろうと檄を飛ばしあえる仲でもある。
 
ふたりには、私の作品テーマの年ごとの変遷も観てもらっていて、
今年の作品テーマは昨年の長女の結婚で感じたことであることも知っているし、
来年は生まれた小さな命から得た想いになることも予告している。
 
都美術館に陳列された膨大な作品群を観ている間に、
オンタイムで長女から送られて来たLINEに添付されたベイビーの写真を見せびらかし、
素直に「可愛い~」と叫んでくれる友人達は、
私にとってかけがえのない存在だ。
 
同じ時代に似たような結婚・子育てなど、共通の経験をしたもの同士だからこそ
わかり合える、ある種の共有感覚が、
会話を弾ませているのだと思う。
 
年に数回、交流を保ち、
情報交換をしたり、讃えたり、励まし合ったり、檄を飛ばしたり、慰めたり・・・。
 
忌憚なくそんなことが言える人間関係を大切にしながら、
「少なくともあと10年は行きたいところへ行き、やりたいことをし、
食べたいものを食べていたいわね」と笑いながら、
目の前の大きなパフェをペロリと平らげた。
 
こんな風に今の自分のあり方の方向性を確かめることで、
迷いなく舵を切ることが出来る。
 
そういう友人と、そういう時間を持てた幸せを噛みしめ、
私も明日から次の一手を繰り出そうと思う。
 

2017年10月5日木曜日

武士の詫び状と彫刻刀

版17に出品した今年の作品
 
同じく先輩の作品
 
研ぎ上がった彫刻刀
「平常心・道」と書いてある
 
午前中に彫り終えた1面
 
一彫りでかつらむきのように彫れた
 
 
 
2017年も早10月。
気持ちも新たに新作の原画を起こした。
 
1日、鉛筆の原画に続いて、トレッシングペーパーに移した原画を制作し、
2日と3日、それを裏返して、版木に転写した。
 
今回の新作は年に1点創る2枚接ぎの大きな作品(畳3分の2ぐらい)なので、
鉛筆原画は1枚だが、
トレペ原画の段階から真ん中に共通の4㎝幅の部分もトレースして、
上下2点分の原画を創ることになる。
(手漉き和紙の大きさの関係で2枚接ぎになってしまう)
 
それを版木(60×90㎝のシナベニヤの板)に転写すると
色数が多いので、上下それぞれ10版ぐらいになり、
結局、版木に両面転写して、計6枚(12面)の版木が必要となってしまった。
 
通常は1作品、版木2枚半(5面)に収めようとしているので、だいぶ大量だ。
それを今日から延々と、せっせと彫ることになる。
 
話は変わるが、
先週、版17というグループ展のオープニングパーティのお酒の席で、
先輩の作家に今年の作品をかなりきつくけなされたという話を書いた。
 
今年の私の作品は長女の結婚・妊娠・出産で感じたことをテーマに扱っているので、
確かに生温いし、勝負していないと言えば言えなくもない。
 
そう感じた私は、先輩に宛て、
「確かにおっしゃるとおりの生温い作品だと思うので、
きつい批判はありがたかったです。
しかし、土曜日から始まる団体展に出した方の作品は、
同じテーマでも、もっと四つに組んで創ったので、
また、ご批評いただけると幸いです」という内容のはがきを出した。
 
すると昨日、先輩からそのお返事のはがきが来た。
 
「版17オープンの日は、偉そうにいろいろぶちまけてしまい、申し訳なかったです。
しゃべったことは全て自分に跳ね返ってくるのですから、
あれは僕自身へ向けての言葉だったとご了解ください」とあった。
 
そして、「団体展もグループ展も
自分自身の仕事を鍛えるための場と思って、もうしばらくは頑張ります」と
結ばれていた。
 
齢78歳の世にいえば老人の域に達した作家が、
どこまでも自分自身を鍛える仕事として版画制作を捉え、
日々、鍛錬していることを知り、
私の作品の甘さより、作家としての甘さを思い知ることになった。
 
還暦を過ぎて、尚、叱咤され、
作品に向き合う姿勢を正されるとは・・・。
 
折しも、昨日、
手元の彫刻刀の研ぎをお願いしていた研ぎ師さんから小包が届いた。
 
30年来、年に1度、まとめて20数本の研ぎをお願いしている研ぎ師さんが、
まだ50代と思われるのに、昨年、廃業した。
 
その人の紹介で、初めてお願いした研ぎ師さんだったのだが、
今朝、研ぎ上がった彫刻刀を版木に入れて、驚いた。
 
その滑るような切れ味、
まるで豆腐とまでは言わないまでも、チーズを切るぐらいの柔らかさで、
シナ材の合板を切り裂いていく。
 
今までの彫刻刀は何だったのかと思うほどの、素晴らしい切れ味だ。
5種類の彫刻刀を使用したが、いずれも惚れ惚れする研ぎ上がりだ。
 
私に苦言を呈した先輩も、日本を代表する木版画の作家だ。
 
同じく彫刻刀で自分のアイデンティティを刻みつけ、作品を産み出している。
 
まさに木版画家にとって、彫刻刀は武士の刀のようなものだ。
 
いつのまにかなまくらになった彫刻刀を振り回し、
「最近、筋力が衰えたのかしら。彫るのがしんどくなってきたわ」と思っていたのだが、
なんのなんの、この切れ味をもってすれば、
まだまだ彫り続けることが出来そうだ。
 
「武士の詫び状」の一文に刺激を受け、
今日は気持ちも新たに、
テーマは「初孫誕生で得た歓び」でも、決して生温い作品にはしまいと、
丹田に力を入れ直し、版木に向かい合ったのであった。
 
 
 


2017年9月30日土曜日

シネマ歌舞伎 四谷怪談

 
 
 
 
今日から始まったシネマ歌舞伎『四谷怪談』を
桜木町のブルグ13に観に行った。
 
久しぶりに入るブルグ13の椅子はふっかふかで傾斜がきつく、
全く前の人が邪魔にならない。
まるでひとりで試写会に来ているような感じで、とてもリラックスできた。
 
肝心の『四谷怪談』は串田和美が監督・脚本・演出を手がける
いわゆる現代版の歌舞伎で、
亡き中村勘三郎とタッグを組んで、何本か創作してきたものと同じテイストのものだ。
 
しかし、そこには勘三郎はおらず、
勘九郎・七之助・獅童・扇雀という中村屋ファミリーが主要な役を引き受け、
歌舞伎界に留まらない笹野高史を初めとする俳優陣が脇を固めている。
 
舞台としては2~3年前にオーチャードホールかどこかで上演されたものだと思うが、
映画になると当然のことながら、役者の顔のアップがスクリーンいっぱいに
観られるし、舞台上ではあり得ない演出で映像加工されたシーンが多用され、
独特の世界観が楽しめる。
 
串田和美演出によく観られる時代劇と現代の融合として、
この四谷怪談にもスーツを着てアタッシュケースを持った大量のビジネスマンが、
実に効果的に舞台を横切るシーンが何度かあって、
(ビジネスマンの映像ではなく、本当に10人ぐらいのスーツ姿の男が舞台に登場する)
とてもシュールで面白かった。
 
勘三郎が出ていた他のシネマ歌舞伎の時は、彼の圧倒的な演技に見惚れたけど、
今は長男の勘九郎が、すっかり勘三郎が乗り移ったかのように、
その演技といい、声質・言い回しなどを踏襲している。
 
『四谷怪談』は鶴屋南北による江戸時代の古典の名作だけれど、
シネマ歌舞伎は歌舞伎座を飛び出して、映像の世界で全く別の魅力を放って、
現代の視聴者を魅了している。
 
会場は60代70代の歌舞伎ファンのおば様とおぼしき人ばっかりで、
しかも、まったく満席とは言えない状況だった。
 
個人的には優雅な試写会みたいな気分に浸れたけど、
20代30代にも面白みは分かるのではと思うので、残念な気持ちだ。
 
古典的な題材、表現に現代的な解釈や手法を融合させて、新しいものを創る。
 
それって、何も歌舞伎だけに留まらない。
 
自分が手がけている木版画も、
現代美術と言われる手法や構成などを採り入れて融合させることで、
今の自分の作品にも、新しい展開が生まれるかも知れない。
(現代に生きているのだから別に古典ではないのだが・・・)
 
そんなことを、ふっかふかの椅子に身を埋め、
画面アップのお岩の髪が、櫛けずるとぞろぞろ抜け落ちるシーンの後ろで、
スーツ姿の男がザクザク横切るのを観ながら考えていた。
 
やっちゃいけないことは何もない!
予定調和でまとまるな!
 
そんな檄が串田和美から飛んできている気がした。
 
ふと版画家萩原季満野がビクッとするようなシネマ歌舞伎『四谷怪談』だった。
うらめしや~。
 
じゃなくて、うらやましや~。

2017年9月26日火曜日

クリエーターズ・ハイ

 
 
 
一昨日の日曜日、心理カウンセリングの予約が急にキャンセルになった。
 
突然ヒマになった日曜日。
本当は所属している版画団体の総会と審査会があったのに、
カウンセリング希望があった時に「上野までは遠いから今年は総会はパス・・・」と、
絵描きであることをちょっと後回しにした。
 
なのに、クライアントにドタキャンされ、空白になってしまった。
絵描きであることをないがしろにした罰が当たったのか・・・。
 
埋め合わせをするかのように、急遽、版画の本摺りの準備をすることにした。
 
本摺り用和紙を裁断し、絵の具の調合をし、
火曜と水曜に行うつもりの本摺りに向け、イメージを高める。
 
そうこうする内に、今、紙を湿せば、湿しが均一になるのを待っても、
夕方には本摺りを始められるのにという気持ちが抑えられなくなってきた。
 
月曜の夕方には展覧会初日を迎える「版17展」のオープニングレセプションがあるが、
それでも、月曜日の午後2時ぐらいまで、制作する時間はある。
 
そう思ったら、いても立っても居られない気分だった。
 
結局、昼前に和紙を湿して、夕方4時から本摺りスタート。
夕ご飯作りと夕食、大河ドラマと3時間ぐらいの休憩を挟んで、
夜11時まで作業。
 
一旦、ベッドに入るも、うまく寝付かれず、夜中の1時半にのこのこ起きだし、
夜中に作業再開。
夜明けの5時、さすがに力尽き、就寝。
朝7時半、起床して、食後に作業再開、午後2時、すべての工程が無事、終了した。
 
こうして書き出してみると、60代の我が身に課した過酷な労働にビックリ。
 
しかし、本摺りをしているさなかは全く疲れも感じずに、集中している。
 
これは世にいう「クライマーズ・ハイ」ならぬ、
「クリエーターズ・ハイ」の状態か。
 
終わるとドッと疲れが押し寄せるが、そこまではのめり込んでいる。
 
グラフィックデザイナーの次女がプレゼンを目前にして、徹夜が続いていると聞けば、
とても心配になって「自分を守れるのは自分だけなんだから、無理はしないで」
などと、苦言を呈するのが常なのだが、
母も同じことをやらかしている気がする。
 
それでも、出来上がった作品を見ると、また新作が摺り上がったと嬉しくなる。
8月下旬に雨が降っている内にと頑張って摺った作品と同系列の作品だ。
 
今回は茶系統の色味をベースに制作し、
何だか和服の晴れ着のような色調になった。
 
グレーベースもいいが、茶系統もなかなかいい。
 
さすがに徹夜明けは眠気との戦いだったが、
まだ、このぐらいは出来るという自信にもなった。
 
版17に出品した作品は、静かにまとまりすぎて、面白くないと思っているので、
間に合えば、この作品を出したかったと思うぐらいだ。
 
すると案の定、信頼する先輩に、版17のレセプションの飲みの席で
「なんであんな作品を創っているんだ」とお叱りを受けた。
 
久しぶりに人から直接、作品批判を浴びて、
そんな平和ボケみたいな作品を出して、平気な顔をしていてはいけないと、
生温い自分のほおを張り飛ばされた気分。
 
お酒の席とはいえ、お酒の席だからこその本音のお叱りだと、
真摯に受け止め、
今一度、絵描きの自分にもっと厳しくしなければと思った。
 
しかし、今の自分に創れる自分らしい作品は何?
 
娘の結婚、孫の誕生など、平和ボケと幸せ太りは免れない今の自分が、
一番自分らしいのは、明るくて未来志向で、人の命って素晴らしいと感じるような、
「幸せでどこが悪い」と開き直るぐらいの作品なのではないか。
 
男性作家が理屈をこね、宇宙だの核兵器廃絶だのと大きいこと言ってる脇で、
手元の小さな出来事を作品に落とし込みたい。
 
そんなわけで、クリエイターズ・ハイの延長で、老画家からアッパーカットをくらい、
一度はリングダウンしたおばさん絵描きだったが、
今はむっくり起き上がり、しぶとく版画は創り続けようと誓い、拳を振り上げた。
 
折しも、2020年4月、銀座養清堂にて、個展決定。
オリンピック・イヤーに向け、女一匹、とにかくやるしかない!