2016年10月30日日曜日

銀茶会

 
 
 
 
 
 
10月30日、
渋谷がハロウィンの仮装でごった返している頃、
銀座は銀座通り1丁目から8丁目まで、14箇所ものお茶席がしつらえられ、
銀茶会をいう催し物が開かれていた。
 
今年で15回目だというが、これまで、全く知らずにきてしまった。
偶然、先週、友人の展覧会に銀座の画廊を訪ねた折、冊子を見て知ることとなった。
 
早速、お茶のお稽古で一緒の友人に声をかけ、
「ドレスコードはキモノ」に応じてくれたひとりと出掛けることにした。
 
あいにくの寒空に、雨も心配されたが、曇りのち晴れの天気予報を信じて、
帯付き(道行コートなしのこと)にショールを持って、いざ出陣。
 
12時から14席ある茶席のそれぞれの受付で1日分のお茶券を配るという。
1日でそれぞれ8クールぐらいは席入り出来るらしい。
初めての参加で勝手がわからないながら、
電車の中でとりあえず食べてみたい主菓子を出すお茶席めがけて、
京橋近くまで歩いた。
 
銀座は12時前、すでに相当な人出で、キモノ姿の人も大勢いる。
普段のお茶会みたいに高齢化していないので、年齢層も広い分、
キモノもいかにもお茶席仕様のものから、リサイクルの大正ロマン調まで様々だ。
 
最初に手に入れたお茶券は13時20分から席入りのもので、
2枚目は15時40分からのものだった。
 
入りたかった芸大主催のお茶券は残念ながら完売した直後だったので、
お茶席には入らず、伊東屋10階のお茶席の雰囲気と
たくさんの芸大生が創った作品を見てきた。
 
そこにはユニークな茶碗や茶杓が展示されており、
横目で見るともなく見ていると、
お茶席に運ばれていく数茶碗もひとつひとつ違う形のユニークな抹茶椀だった。
茶道の概念からはずれた面白いものがたくさんありそうだ。
 
友人と「来年、銀茶会に参加するなら、1番に芸大のお席のお茶券を取ろうね」と
意見が一致した。
 
私達が実際にお茶をいただいたお席は
ひとつは裏千家の立礼席、もうひとつは裏千家の薄茶席だったが、
薄茶席の方は茶箱といって、私達、表千家にはないお道具立てだったので、
なかなか興味深かった。
 
他にも煎茶道の立礼席なども出ていて、
蔭出しの人達がお抹茶ではなく、ひとりひとりがお揃いの急須を持って出て、
お煎茶をついでまわるお点前など、面白く見ることが出来た。
 
14席のお茶席には銀座にある和菓子屋さんの自慢のお菓子が饗され、
こんなに銀座という場所には和菓子処があったかと、
今更ながらに驚かされる。
 
私達が選んだのは、銀座あけぼのの「照る山」と、風月堂の「PEARL」という
お菓子だったが、
いずれもそれぞれ趣向を凝らし、季節を感じさせる一品で、
日本のお菓子は秀逸だなと思う。
 
街には外国からの観光客も大勢いて、
知ってか知らずか、銀座に溢れたキモノ姿の女性達と赤い毛氈のお茶席に
興味津々、カメラを向けている姿があちこちで見られた。
 
今日は特別かもしれないが、
こうしてみると銀座はなかなか和ごとに精通した街だと再認識。
 
ちょうど1ヶ月前にはオリンピックのメダリストのパレードをひと目見ようと
80万人が集まった銀座通り。
今日は14のお茶席とお茶を求めてやってきたお客さんで埋め尽くされた。
 
2020年のオリンピックへ向け、
ここへ来て急に、日本人が今更ながら日本文化に目覚め、
日本人であることに誇りを持とうとしているように感じた。
 
昔から、和もの大好きの自分としては
「よしよし、それでよし」と思う反面、
「もっとちゃんとキモノ着ろよ」と
案外、いい加減な着付けの茶席のおばちゃん達が気になったり、
「バサバサ歩かず、キモノ着たなら、もっとしとやかに歩けよ」と思ったり、
本当に何の作法も知らない茶席の隣人に呆れたりの1日だった。
 
日本に生まれたからには、日本人として凛として生きる。
 
ゆかしい日本文化を正しく身につけ、
スマートな立ち居振る舞いができるようになる。
 
そんな目標をもってほしいと願いながら、くいと顎を上げ、背筋を伸ばした。
 

2016年10月26日水曜日

芝翫襲名披露公演

 
 

 
夕べ、橋之助の『中村芝翫襲名披露』公演に新しい友人Nさんと行ってきた。
 
お目当ては玉三郞の「藤娘」と橋之助親子の「口上」と言ってしまうと失礼だが、
父親の橋之助が芝翫という大名跡を継ぐということと、
3人もの息子が揃って新しい名前を襲名するというのは大変なことなので、
その場に居合わせ、歌舞伎界の一大イベントを見届けたいという思いがあった。
 
演目は当の本人が大役を務める「熊谷陣屋」と
お祝いのために周囲の役者が演じる「外郎売」と「藤娘」
そして、「口上」という構成。
 
友人は小さい頃から板東流で日本舞踊を習ってきた人なので、
関係者席を優先的に取ることができるという。
 
今まで、歌舞伎に関しては
母の友人だったおばあさまに「蛇の道は蛇」のチケットをお願いして
随分いいお席を取ってもらってきたが、
さすがに89歳ちかいお歳では、ご当人が歌舞伎にいけない状態が続いている。
 
そんな折りに登場の新しい友人Nさんは、なんと頼もしい助っ人か。
 
私の見る歌舞伎鑑賞はかなりミーハー的で、個人的な趣味嗜好に基づいているが、
日舞を長くやってきた友人は舞台に立つ側の視点で観ているし、
専門的かつ内部事情を知っている分、そうした情報も提供してくださったりで、
とても興味深く観ることが出来た。
 
取ってもらったお席は前から3列目のど真ん中。
これ以上ないいいお席だ。
 
というわけで、もちろん私達のドレスコードはキモノ。
 
友人は渋い紫色の紬のキモノに織りの帯。バッグなどの小物も紫系で統一。
30年来の髪結いさんに、髪もしっかり結い上げてもらっての登場。
 
私は求めたばかりのグリーン系のぼかしのキモノに藍染めの葡萄柄の袋帯。
帯締め・帯揚げはブルー系にまとめ、かんざしとバッグをキャメルの差し色に。
全体に柔らかもののキモノに合わせた江戸好みのコーディネート。
 
ふたりともキモノ歴が長いので、どうしても通好みというか、
一見地味に見えるが、見る人が見ればわかるみたいなしつらえが好きという
共通点がある。
 
やっぱり、自分ひとりがキモノを着て、相方は洋服というより
二人揃ってキモノなのはいい。
 
しかも、相手のキモノもいいと思えて、綺麗に着こなせていて、
認めあえるのはもっといい。
 
知り合いの呉服屋の女将さんも何十年と同じ髪結いさんにお任せして
髪を結っているといっていたが、
友人も同じで、その人がいなくなってしまうと困るという。
 
昨今、黙って座れば、その人に合わせたアップスタイルに結い上げてくれるような
美容師さんは希少種になってしまった。
 
そんなお抱え美容師がいるというだけで、羨望のまなざしだ。
 
私なんざ、結婚式のために急遽半年だけ必死に髪を伸ばし、
何とかアップスタイルにしてもらおうなんて、
キモノ人としてはまだまだ素人だと痛感したけど、
今から、キモノの時には髪結い処へなんていう贅沢はできないに違いない。
 
それでも、絵描き魂さく裂で、自分だけのカラーコーディネイトを売りに、
エンジョイ・キモノライフでいこうと思う。
 
舞台の新芝翫さんは熊谷直実役で最後は涙の熱演だったし、
玉三郞の藤娘は、独自の舞いの世界の頂きに登り詰めている感じで、
美しい衣装の蔭に、歌舞伎界を牽引していく覚悟が見える。
 
ちょっと遠ざかり気味だった歌舞伎に
強力な助っ人登場で、
もつべきものは共通の趣味嗜好をもつ友人だということが実感出来た1日である。
 
佳きかな、佳きかな。
 

2016年10月23日日曜日

初めて見た なぎなたの試合

 
 
 
 
友人がかねてより研鑽を積んでいるなぎなたの試合を見学しに、
中野にある中野体育館まで出掛けた。
 
友人は次女のママ友で、おつきあいして15年近く経つが、
私のママ友の中でもひときわ上品で奥ゆかしい奥様タイプだから、
武道であるなぎなたをする姿が想像できないでいた。
 
だいぶ前から一度試合を見せてと頼んでいたところ、
ようやく実現した次第だ。
 
なぎなたの試合には「演技競技」と「試合競技」の二通りあって、
「演技競技」はいわゆる型を競うもので、呼吸とか間合いとかかけ声などを競う競技。
「試合競技」は面や胴など防具を着け、実際に戦う競技である。
 
「礼に始まり、礼に終わる」の言葉通り、
古い体育館の地下の道場では小学生から、かなりご高齢の婦人まで、
相当な数の袴姿の選手達がきびきびを動いていた。
 
私も武道を見学するにふさわしくあろうとして、着物で伺うことにした。
 
到着した時、友人は記録係の席で、中学・高校の演技競技の記録を執っていた。
 
途中で私に気づいて、観客席のところまできてくれた友人は
いつものメガネをコンタクトに換え、袴姿のせいか、ちょっと雰囲気が違う。
 
実際に「演技競技」に出ている友人の声は野太く、お腹から出ているその声は、
いつもとはまったく違い、迫力があって凛々しい。
 
演技自体はやや遠くて、どこをどう見れば違いが分かるのか、
実はよく分からなかったが、
両者間の凛と張り詰めた空気だけは感じられた。
 
そして、次に小・中学生の「試合競技」が始まると、
防具を身につけたちびっ子剣士達が、次々トーナメント方式で戦うことになり、
何試合か見る内に、動きの俊敏さや呼吸の間合いの良さなど、
何が試合を分けるのか、少し見えてきたような気がした。
 
「試合競技」は次女が中学・高校時代にやっていた剣道にかなり近いものがある。
違うのは足にも防具を着けることで、
剣道のこてという技の代わりに、なぎなたは竹刀より長いので、足元を打つ技がある。
 
袴の裾を挟み込んだ形で膝下に防具を着けているその姿は
足が防具に覆われて一回り太くなるせいか、とてもたくましく見え、
面をつけていない時には若いお嬢さんだったはずが、
いずれも凛々しい剣士に早変わりする。
 
たぶん、防具を身につけた瞬間から、気持ちも武士のような戦う女になって、
気合いも入り、声もお腹から出るようになるに違いない。
 
友人のそうした胴着姿を間近に見ることが出来、
3回戦まで勝ち進む姿を見届け、私はもうひとりの友人と体育館を後にした。
 
ママ友ランチ会や海外旅行で見る彼女とは全く違う一面を見られて楽しかった。
 
同年代の友人が、子育てを終えた後、自分らしい楽しみを見つけて、
生き生きとしている姿を知ることは、心強い。
 
「自分も自分らしく頑張ろう!」
そう思いながら、家路についた。
 
 

2016年10月18日火曜日

母としての感慨

 
 
 
 
今朝は気温も高く、穏やかな日差しが和室の畳に差し込んでいる。
長女の結婚式まで、約半月ほどになった。
 
こんな衣替え日和は、次女に着せる振り袖の準備をするのに丁度いい。
 
タンスの奥にしまい込んだ次女が成人式に着た振り袖と帯を出してきた。
次女のためには黒地に桜の花が手鞠のように描かれた着物をあつらえ、
成人式の時と前撮りで家族揃って写真館で写真を撮った時の2回だけ着た。
 
その後も次女はキモノ好きなので、友達の結婚式に何度となく着物で出席したのに、
振り袖用の飾り結びを私が着付けてあげられないからと、
訪問着に二重太鼓の帯で済ませたので、
振り袖は、かわいそうなことに陽の目を見ることなく、10年の歳月が流れた。
 
次女にとって、
今回の長女の結婚式は、振り袖に袖を通す最後の機会になるだろう。
 
振り袖は未婚の女性しか着られないから。
そして、やはり演歌歌手でもない限り、20代の女の子のものだから。
 
久しぶりに出してきた振り袖は樟脳の香りがする。
衣桁にかけて障子の桟にかけると、
障子の向こうから柔らかな秋の日差しが差し込んでいる。
 
これを着た頃の次女の様子が、いろいろ思い出されてきた。
まだ、美大の大学生だった次女が、画材を抱えて、遠方のキャンパスまで通っていた
あの頃のことが・・・。
 
振り袖用の長襦袢は、淡いピンク色で桜の地模様が浮かび上がっている。
長い袖の縁には朱赤の裏が合わせてあり、いかにも若い娘らしい。
 
その襟に真新しい半襟をつけるため、しつけ針を打っているとき、
ふいに山口百恵の『秋桜』の歌が頭をよぎった。
 
あの歌は、嫁にいく娘が母との最後の日々をいとおしむ内容だったけど、
こうして次女の着る振り袖に半襟をかけている時間も、
同じように温かな気持ちになる。
 
思えばふたりの娘を産んでから、長い長い時間が流れた。
 
その時の流れの中で、娘のために振り袖をあつらえたり、
着付けや写真撮影のために大騒ぎした日は、今思えば、何と幸せなこと。
 
次女の人生の大きな節目を彩ってきた振り袖に、
最後の晴れ舞台がもうすぐやってくる。
 
この振り袖を身にまとって、
次女は姉の幸せを祈り、自分もお裾分けにあずかれますようにと願うことだろう。
 
母としては、娘達がそれぞれ佳い人生を歩んで欲しいと願うばかりだが、
こうして、娘のために半襟をかけられる時間こそ、幸せだと感じている。

2016年10月16日日曜日

ベリーダンス ダンス・ダンス!

 
 
友人Nさんのベリーダンスの発表会があるというので、
関内ホールまで観に行かせてもらった。
 
横浜周辺を拠点に開いている教室の生徒さんによる発表会ということなので、
以前、私がフラメンコ教室に通っていたときの発表会と同じ感じだ。
(フラメンコは師事していた先生のスタジオに通う生徒だけだったが・・・)
 
ちょっと違うのは、フラメンコの時は初心者からプロや先生の踊りまで観られたが、
ベリーダンスの発表会は出演者が大勢なので、3部構成になっており、
1部と3部は生徒だけが次々25組も踊り、
プロのダンサーや先生達は2部でしか踊らない。
 
私が観たのは1部だけだったので、
約100名ぐらいの生徒さんの踊りを観たことになる。
 
まずはベリーダンスの教室に通っている日本人女性が、
横浜地区だけなのに、かくもたくさんいるということに驚かされ、
独特の中近東テイストの音楽や衣装などの醸し出すエキゾチックな雰囲気に
圧倒された。
 
特に舞台演出としては、照明がとても上手で、
それぞれ曲調や衣装の色に合わせて、
華やかだったり、怪しげだったり、照明の色で効果的に表現していて素敵だった。
 
友人は最初のオープニングの全員総出演の1曲と
最後から2番目に出るということで、
先ずは最初の出番で
100名ぐらいの中から見つけ出さなければならなかったのだが、
身長が170㎝はある上にゴージャスなヘアスタイルなので、ほどなく見つかった。
 
黄緑色のベリーダンスならではの豪華なドレスをまとって、
いつものメガネを外して、ばっちりメイクの彼女は、とても堂々として、
舞台上の大勢の中でも際だっている。
 
最初の曲で彼女を見つけて、一旦、引っ込んでしまうと、
後は1時間半近く見知らぬ人達の踊りを観なければならないのだが、
私の知っているベリーダンスとは随分違う曲調あり、スタイルありで、
なかなか興味深く観ることが出来た。
 
しかし、所詮はお教室の生徒さんの発表会なので、
よくみると素人丸出しの人もいて、途中でフリを間違えたり、
踊ることに必死で怖い顔だったり、いろいろだ。
 
ベリーダンスは本場トルコでも相当太っている女性が多かったから、
日本のベリーダンス愛好家の女性達にもかなりのボリュームの人が何人もいる。
 
若いとそれもまたセクシーだったり可愛かったりするのだが、
中にはどう見ても50代中年太りのおば様達もいて、
結構、痛々しい感じだ。
 
ベリーダンスはご存じの通り、豪華なブラジャーとロングスカートという衣装なので、
お腹周りのお肉は生のまま外に出ている。
 
腰やお腹の肉をプルプル震わせて踊ることで、男性を誘っている踊りだと思うが、
上手にプルプルさせられずに、仏頂面で、白いお腹だけ出ているのは、
かなり観ている私達にとって辛いものがある。
 
自分がフラメンコ教室の発表会に出たとき、
たくさんの友人に観に来てもらったが、生のお腹こそ出てはいないが、
もしかしたら私もそんな痛々しさをお届けしていたのではと、
今になって心配になる。
 
でも、友人Nさんは最後から2曲目に出てきた時も、圧倒的な存在感で、
特に腕の動きが誰よりしなやかで女性らしく、素敵だった。
 
応援しにいった友達が上手に踊れていることが、
こんなに安心できることだと初めて知った。
 
つい数日前にタンゴのプロダンサーの驚くべき身体能力とリズム感を見せつけられ、
大いに刺激を受けたばかりだったので、
ダンスのジャンルが違うとはいえ、プロとアマの差に愕然とし、
自分にとってのアルゼンチンタンゴはあくまでたしなみに留めておこうと
固く決心した次第である。

2016年10月15日土曜日

タンゴ ダンス・ダンス・ダンス!

 
 
 
 
 
タンゴ講座の先生ご夫妻が主宰するスタジオの15周年記念パーティが、
新横浜のHANZOYAという迎賓館で開催された。
 
プロのアルゼンチンタンゴのダンサーが8組も出演し、
立食のブッフェと飲み放題がつき、
時間も夕方4時から夜9時過ぎまでの長丁場。
 
タンゴダンスにどっぷり浸り、明け暮れるパーティだ。
 
鶴見大学の講座は年間2回のターム、それぞれ10回ずつしかないし、
45分講義を聴き、45分実技を体験するだけのタンゴレッスンなので、
丸1年経ったとはいえ、まだ、タンゴの世界の入り口にいる私だけれど、
ちょっと怖いもの見たさで覗いてみようという気になった。
 
しかも 
普段、隣で聴いている講座のメンバーの何人かが、今回はドレスに身を包み、
フォーメーションと先生とのソロを踊るという。
 
プロのダンスも興味津々だけど、
知り合いのダンスも、とても楽しみだ。
 
会場は新横浜のアリーナ裏手にある『HANZOYA』という結婚式に使われるところ。
 
7階建てで、5階がダンスフロア、3階4階が食事会場になっていた。
ひとつのフロアは30~40畳ぐらいだろうか、さほど大きくないので、
150人はいるかと思われるお客様で3階ダンスフロアはごったがえしていた。
 
運よく、講座で見かける老紳士と入口で一緒になったので、その方についていって、
ダンスフロアの脇に並んだ見やすい席を見つけて、座ることが出来た。
 
プログラムは3部構成で、
プロの先生と実力のある生徒さんとのペア、
プロ同士のペアのダンス、それぞれ数組ずつ踊る。
 
1部と2部の間、2部と3部の間にはミロンガタイムというフリーのダンスタイムが
30~45分ずつ入り、
観に来た人達も踊ることができる。
 
初めて観る本格的なアルゼンチンタンゴのダンスは、
そのキレの良さとセクシーさとダイナミズムで圧倒されてしまった。
 
とりわけ若手のプロのダンスは決め技のアクロバティックなポーズや、
リズムに乗った躍動感が素晴らしくて、
恵まれた体と若い内にタンゴと出会え、研鑽を積めたことが羨ましい。
 
もひとつ言えば、その衣装のスリットの切れ込み方がハンパなく、
踊りの振り付けや決めポーズによっては、パンティ(もちろんドレスと同色)まで見え、
鍛えた太ももが蹴り上げられる姿にドキドキする。
 
また、先生と組んで踊る実力のある生徒さんの中には、
70代とおぼしき女性もいる。
 
レースとサテンの豪華な衣装に身を包み、
たっぷりついた背中のお肉を惜しげもなくさらけ出し、明らかにお腹もご立派なのに、
30歳は年下かと思われる黒服の先生と組んで踊る様子が様になっていて、
日本人じゃないみたいな錯覚に陥った。
 
私が今から狙うなら、このパターンしか残っていないなと思いながら、
ピンヒールで軽やかに、かつ艶然と踊る女性の背中に食い込む先生の手を見ていた。
 
講座の先生ご夫妻は3部の最後におふたりで踊ったけれど、
1部2部にもスタジオに通う生徒さんや鶴見大学の講座の生徒と組んで踊られ、
いろいろなタンゴダンスの魅力があることを見せてくれた。
 
中でも講座で親しくなった友人がいつものメガネを外し、つけまつげをつけ、
ローズピンクの衣装でヒデ先生と踊ったピアソラは、
彼女の可愛くてコケティッシュな一面を見せてもらえ、楽しかった。
 
プロダンサーの到底真似できない素晴らしいダンスと、
素人も研鑽を積めば、先生と組んでここまで踊れるという見本と、
フリータイムに誘われれば、踊れるまでになった自分と、
いろいろな発見と驚きに満ちた一夜だった。
 
さて、ここから自分は何を目指して、どこへ進むのか。
フラメンコで板を踏むことの大変さとお金の苦労を思い出しながら、
それでも、もう少しタンゴを踊れるようになれたら楽しいだろうなと、
大いに刺激をもらったダンスパーティだった。
 

2016年10月10日月曜日

Out putから In putへ

 

 
9月の初めから10月中旬にかけて、3つの展覧会が続いている。
 
 
この1年で制作した7点は、すでに横浜で、6月の紫陽花展に出品しているが、
9月からは東京で、展覧会の目的別に小分けにして出品している。
 
『文学と版画展』には、瀬戸内寂聴の『爛』の表紙装丁という設定で創った『爛』を、
実際に表紙カバーとして印刷したものと同時に展示した。
 
『版17展』では、『爛』と組作品の『艶』という作品を、
赤と青の対比する作品として展示した。
 
『日本版画協会展』は団体展なので、会場が都美術館での展示となり、
その天井高に映えるよう大型作品の『レクイエム』を出品した。
 
作品の置かれた環境が変わると、作品も違って見えるので、
4つの展示会場それぞれで、自分の作品でありながら、学ぶことも多い。
 
一方、7月8月は暑いので、木版の摺りの作業は出来ないから、
新作原画を起こして、家にこもって彫りの作業をしている日も多かった。
 
しかし、9月になった途端に、グループ展が始まり、
それに伴って、搬入、展示、当番、搬出はもちろん、
それぞれの展覧会で、友人を誘ってランチをし、絵を観ていただく日が続いた。
 
旧メンバーとの交流や、新しいメンバーとの出逢い、
友人知人、画廊関係者から、作品の感想を聴いたりして、
楽しい日々の連続の内に、9月はあれよあれよと言う間に過ぎていった。
 
がしかし、10月も1週間ほど過ぎたあたりから、
毎日のように、電車に乗って、どこかに出掛けることに疲れが出てきた。
 
Out putばかり続いたので、「In putしなくていいの?」と体が言ってきているのだ。
 
そうなると、急にどこにも出掛けず、家に閉じこもって、
朝から晩まで作品を彫っていたいという衝動がこみ上げてくる。
 
アトリエには原画を転写しただけで放置してある新作の版木が、
彫り師の帰りを待っているじゃないか。
 
なんだか版画家として、急に我に返ったような気分で、
昨日今日は、朝新聞を取りにポストまで行き、
ついでに花の水遣りをした以外1歩も外には出ず、彫り作業を敢行。
 
久々に彫りをしたせいか、右手の親指に水ぶくれが出来てしまったが、
何とか大きな版木の両面をクリアした。
 
10月中にこの作品の彫りを仕上げて、摺りへ移行できれば、
季節も秋本番で、ちょうど摺りに適した気温になっているだろう。
 
体育の日の今日は急に気温が下がったせいか、肌寒いぐらいだ。
9月が連日の雨と異様な暑さだったから、反動で少し気温が下がっただけで、
平年並みなのに寒く感じるということらしい。
 
さてさて、今夜は牛すじ肉の煮込みなど作って、
きのこの炊き込みご飯と共に、秋を味わうことにしよう。
 
こうして年間スケジュールのお披露目の季節は終わって、
これからは制作の季節の到来なのである。
 
 

2016年10月6日木曜日

敷居高過ぎ 銀座ASO


 
ママ友3人で、銀座ASOでランチ。
 
ママ友グループでは年に3~4回のペースで、
こんなランチ会がかれこれ15年ほど続いている。
 
いつもは6~7名の参加がある会だが、たまたま今回は幹事の2人と私との3人だけ。
場所は幹事さんのお任せで、
今回はいつもよりベースの予算がちょっと高めの3800円。
 
和光の前で待ちあわせ、先ず、版17の展示を観てもらい、その足でレストランへ。
 
ZOEというビルの8階と9階が「Argent ASO」なのだが、
エレベーターはまず8階でおりる。
ドアが開くと目の前は真っ暗。
人もいないので、本当にここはレストランなのかしらという感じ。
 
5メートルほど歩いた先を左に曲がると、受付カウンターがあるが、やはり暗い。
20畳ほどのラウンジのような空間に黒い革張りのソファがいくつも並んでいるが、
人は誰もいない。
 
奥から黒いスーツの女性が現れ、予約の旨を伝えると、
「どうぞ、こちらです」と先に立って歩いていく。
 
まだ、レストランとしてのテーブルもお客さんも厨房も何も見えていない。
ただ、暗い空間だ。
 
左手奥の大きな扉を開けると、その向こうには個室があり、
大きなテーブルに3人分の食器がセットされている。
このあたりで、既に嫌な予感・・・。
 
何気なさを装いつつも、3人とも内心、「これ、ヤバイよね」と感じていたはず。
 
どう考えても3800円のコースだけではまずい空気に、
ASOオリジナルのカクテルを注文。
 
「お水はいかがですか」との問いに、思わず「大丈夫です」とビビッて答える始末。
 
『水も有料なのは勘弁してくれ』と思っているのを見透かされたように、
食事の中盤に「普通のお水をお持ちしましょうか」と言われてしまった。
 
料理は前菜の盛り合わせとメインとデザートの3品だけ。
確かにひと皿ひと皿は凝っているが、
メインが「ラビオリ」では、がっつりお肉を食べたというような満腹感はない。
しかも、添え物のような比内地鶏のローストが噛んでも噛んでも硬くて飲み込めない。
 
見た目も美しく、お味もいいのだが、
思いがけない贅沢な空間と、たった3人のために立ち働くスタッフの多さに、
緊張感がハンパなく、何だか食べた気がしない。
 
3時間たっぷり、個室に陣取り、おしゃべりして楽しかったが、
そこを出て、娑婆に出たときの開放感からして、いかに気を張っていたかが分かる。
 
外は10月なのに30度越えで、まぶしい太陽が照りつけている。
なのに、ASOの中は真っ暗だし、
お客さんのいる気配が全くなかった。
 
帰りがけによったトイレでさえ、案内人がつくほど奥まっており、
音もなく開くガラス扉の向こうに並ぶ個室に入ると、人の気配で便座が開く。
もちろん、気配で水も流れるハイテク・トイレだから、
もし、お尻まで拭いてくれても驚かないだろう。
 
なんだか昼間に行ってはいけない場所に立ち入ってしまったような変な気分。
結局、大幅な予算オーバーの結果に幹事は平謝り。
 
まあまあ、そんな経験もたまにはいいじゃないか。
有閑マダムを絵に描いたような、ママ友ランチ会だったが、
身分不相応とはまさにこれだなと思うような面白い経験だったのである。
 

2016年10月3日月曜日

映画 『怒り』

 
次女ご推奨の映画『怒り』を観てきた。
 
重たいテーマを日本の代表選手ともいえる豪華俳優陣が演じている。
 
物語はとある街の夫婦が殺された殺人事件の犯人を追う形で進行する。
容疑者として、3人のよく似た容貌の男を取り巻く人間達が、
疑心暗鬼になりながら、その関係の中で苦悩する。
 
妻夫木聡と綾野剛が演じるゲイのカップル
宮崎あおいと松山ケンイチが演じる恋人達
広瀬すずと沖縄の青年に深い影響を与える森山未來演じる漂流者
 
いずれも何らかの『怒り』を感じて生きている若者達だ。
 
『怒り』は生きる力を生むことがあるが、
時に、狂気へと人を駆り立てる。
 
そんな危うい心理と人間模様を、沖縄と神奈川を舞台に、
点と線で繋ぎながら物語は進行する。
 
話の内容や役柄を詳しく書くことは出来ないけど、
それぞれの俳優陣の演技力を試されているような、
「キツイ役どころ」ばかりで、
とりわけ、女優陣のふたり、宮崎あおいと広瀬すずは凄かった。
 
沖縄の沖、離島へ向かうそれはそれは美しい海の青を背景に織り交ぜながら、
現実は非情で、人間は悲しいということを、重く突き付けてくる。
 
見終わって清々しい映画じゃないけど、
いろいろ考えたり、今の自分の当たり前の日常をいとおしんだり感謝したりする、
いい機会になるかもしれない。
 
オススメです。
 

2016年10月1日土曜日

版17展 当番の日

 
 
 
怒濤の9月が終わり、今日から10月。
初日の今日は、版17のお当番なので、朝から銀座へ。
 
ここはオープニングパーティの時のセキュリティや飲食にも厳しかったが、
会期中はどの日もメンバーからお当番を必ず置くようになど、
とにかく、いろいろうるさい画廊だ。
 
私が当番を引き受けたのは、今日1日だけだが、11時から17時までは
飲食は一切せずに、椅子に座っていなければならない。
 
今日までの芳名帳を見ると、
初日のオープニングパーティに来てくださった多くの方のお名前の後は、
すでに始まって5日が過ぎているのに、パラパラとしかお名前がない。
 
こんなものかと一抹の寂しさを覚えながらも、お当番開始。
 
しかし、さすが、土曜日。
出足はノロノロしていたが、11時半を回ったあたりから、次々とお客様が!
 
知り合いもそうでない人も、次々と。
 
12時過ぎ、夕べ、アルゼンチンタンゴの教室で踊ったおじさま登場。
「ハギワラさんのいるときに説明を聴きながら、絵を見たい」ということで、
当番日に合わせて、来てくださった。
 
ちょうど、他には誰もいないタイミングだったので、
木版画の制作工程から、作品テーマの話、他の版種との違いなど、
かなり懇切丁寧に説明した。
 
一息ついたところで、今度は最近、お友達になったライオンヘアの西村さん登場。
 
いつもはコナミのスタジオで、スポーツウェア姿しか見たことなかったけど、
今日はそのライオンヘアを活かした個性的ないでたちで、
銀座の街ゆく人々も振り返るであろうかっこよさだ。
 
でも、ご当人はいたってフレンドリーで謙虚な人なので、
初めて見る現代版画の作品群にいたく感激のご様子。
 
「凄いです、本当に。カタログもいいけど、本物はもっといいです!」と、
長い時間、私の作品の前に立って眺めていた。
 
その後ろ姿が、絵になっていたので、思わずパチリ。
 
いつもより赤く染めたライオンヘアと、作品のグロリオサの赤がシンクロして、
後ろ姿なのに、作品の中に何かを感じているのが分かる。
 
画廊は写真撮影禁止のステッカーが貼ってあるけど、
「ルーブル美術館でさえ撮影出来るのに、馬鹿いってんじゃない!」と
内心、毒づきながら、お構いなくシャッターを切っていた。
 
午後3時頃には、会の代表もやってきて、
思いがけず人で溢れかえったオープニングパーティの話で盛り上がり、
その後も途切れることのないお客様対応に追われた。
 
他にも絵画教室の生徒さんや、9月初めの「文学と版画展」でご一緒した作家など、
多くの知人の来訪を受け、無事、受付業務終了。
 
初めての気難しい画廊と、
大がかりで国際色豊かなオープニングパーティだったせいで、
思わぬトラブルもあったようだが、
とにかく、会期の折り返し地点まではきた。
 
9月の気疲れする行事がひとつずつ終わって、ホットとすると共に、
10月はもう少し心穏やかに過ごせますように。
 
そして、11月初めの結婚式までに、体重を1キロ落とせますように。
(外食が多い月は体重も増加傾向・・・あぁ)
 
それが、10月1日の私の願いである。