2016年8月7日日曜日

陶芸工房の納涼会

 

 
 
 
毎日暑いので、8月は家に籠もって、彫り月間と称して、版画を彫っている。
 
その間にも結婚する娘が引越したので手伝いに行ったり、
結婚式場にお供して、ドレスの試着を見学したりと、
我が家の一大事は着々と前に進んでいる。
 
しかし、毎日暑いことには変わりなく、
年ごとに暑さに弱くなっている自分が情けないし、
ここ数年、夏におこる足の冷えの症状がきつくなっており、
寄る年波を実感する今日この頃。
 
今日は陶芸工房の暑気払いの飲み会が行われた。
 
鶴見市場という駅の近くにある工房に、メンバーの3分の2ぐらいが、
ひとり1品持ち寄りなので、
手作りの料理やお酒などを持ち込んで集まった。
 
私は「小アジの南蛮漬け」と「水菜と新ショウガのサラダ」を作っていった。
 
最初に作品の講評会が行われ、
ひとり1作ずつ自信作を出して、自分自身の感想とともに
先生や他のメンバーからの意見や感想を聞く。
 
私は写真のお皿を出し、釉薬のかけ分けの説明と、
「お皿にあるポチッとしたおへそはなぜつけているか」の理由を述べた。
 
3種の釉薬をかけ分けている人はひとりもいないし、
おへそが器についている人もいないので、
先生から「釜から出したときに萩原さんの作品と一目でわかるという
個性が確立していることはいいよね」という感想をいただいた。
 
それは嬉しいひと言だったけど、
全体講評の中で、
「高台の削りみたいなベーシックなテクニックをおろそかにしないように」という注意は
自分も心しなければと密かに感じた。
 
陶芸を初めて4年半。
そろそろ面白いからと勢いだけで創っている時期を過ぎ、
器の基本ルールは守りつつ、自分を出すという課題に取り組まねばと
自戒した次第である。
 
さて、講評が終われば、あとはそれぞれの料理を器に盛り付け、
飲み会の始まり始まり。
 
お酒を目的に集まったおじさん達がめざとく「小アジの南蛮漬け」を見つけ、
先生作の大皿に盛った40匹はいるかと思われた小アジを
中皿に取り分け、自分達のテーブルに持っていった。
 
昨今、どこのおうちでも手のかかる料理は敬遠されるようで、
じっくり揚げてから2日がかりで味を染みこませた南蛮漬けは、
好評価をいただいて、売れ行き好調、完売した。
 
他のメンバーの手作りシュウマイや手羽元の煮込み、スパムのお寿司、
冬瓜の蟹あんかけ、まぐろの甘辛煮、サンドイッチ、ゴーヤチャンプルなど、
色とりどりの料理と、自分の畑で栽培したミニトマト、ししとう、
先生作のヨーグルトなど、
例年になく多くの食べ物が集結してにぎやかな食卓になった。
 
ビールにワインに日本酒にとお酒も飲み放題なので、
いつもは寡黙に土をこねているメンバーも、
今日ばかりは通っている曜日の垣根を越えて親交を深め、
陶芸の話、都知事選の話、オリンピックの話と積もる話は留まることを知らない。
 
器は料理を盛ってなんぼだと思うけど、
実際に人が創った器に料理がのっているところを見ることはない。
 
けれど、こうした会の時は持ち寄った料理を手作りの器に盛り付けることになる。
 
主には工房にある先生の創った器に盛ることになるのだけれど、
私の水菜のサラダは、つい1時間前に講評に出されていたメンバーのオーバル鉢を
借りて盛り付けることにした。
 
日曜日の顔だけ知っている男性メンバーから器を貸してもらうことで、
借りた私にも貸した彼にも、特別な交流が生まれる。
 
「同じ釜の飯を食う」に似た感情かもしれない。
 
同じ工房に通ってはいるものの、黙々とひとり自分の作品に向き合う面々が、
器と料理とお酒を通して、距離を縮める。
 
そんな穏やかで楽しい時間が流れていた。
 


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