2015年1月29日木曜日

代わり映えしない新車



春の車検を前に、 昨日まで乗っていた車の新型を購入するとダンナが決意した。
そして、今日、その車が納車されてきた。
 
私としては試乗させてもらった白が気に入っていたのだが
ダンナは白い車はそもそも好きではないとかで、
結局、今まで乗っていた色と全く同じ色を選んだので、
新車は来たには来たが、何だか代わり映えがしない。
 
2台が並んでいると、サイズがひとまわり大きいし、
全体にあちらこちらのデザインがシャープになっているし、
いろいろ違うのだが、
ざっくりいえば、大して変わらない青い車である。
 
しかもナンバーも前回同様のナンバーを指定してとっているので
4桁の数字の前の文字が、『ゆ』が『る』になったぐらいで新味がない。
 
けれど、中身の乗り心地と
操作性は、相当、違う。
 
今回は海外赴任中のダンナはほとんど乗ることがないので、
私が覚えなければどうしようもないのだが、
キーレススタートに始まり
ハンドブレーキがなかったり(厳密にはあるのだが)
計器類の配置が違ったりしている。
 
とりわけ、ナビの操作が大きく違っていて
1時間半ぐらい車の中で細々説明を聴いたが
半分も分かっていないのではと不安だ。
 
きっと使いこなせれば、今までの車のナビより使い勝手がいいのだろうけれど、
そこまでたどりつけるか 心許ない。
 
まあ、家族の分だけは登録してもらったので、
まずは安心だが、
新規登録しなければならない羽目に陥らないよう祈るばかり。
 
しかし、そうした不安はぬぐいきれないものの、
やはり新車特有の匂いはいいものだし、
とにかく座っただけで分かるその居住性の高さと守られてる感じは何ともステキ。
 
内装全体の高級感が
大して代わり映えしないボディに比べ、乗る者の心を高揚させてくれる。
 
まあ、前回のドイツ人気質だかなんだかわからないが、
ダサイ内装が少しスマートなデザインになったというだけだが・・・。
サイドブレーキがないだけで相当すっきりしている。
 
ともあれ、一時は「買い換えは軽自動車にする」といっていたダンナが
どんな風の吹き回しか、自分がほとんど乗れないにも関わらず
「アウディの新車に買い換える」と言い出したのだから、
私はありがたき幸せと素直に受け取り、
何色であろうと文句を言わず、大切に傷つけないよう乗るしかあるまい。
 
ちょっと前よりスポーティになったイケメンのお兄ちゃんといったこの車を
よき相棒とし、
明日から楽しんでドライブしようと思う。
 
でも、明日は横浜は雪らしいから、
無理はしないで、
冬晴れのドライブ日和を待つことにしよう。

2015年1月24日土曜日

初釜はなでしこ修行

 
 
 
今日は2年ぶりにお稽古に行っているお茶のお教室の初釜が行われた。
 
場所は大塚にある粋陽亭という本懐石とお茶事ができるよう
作られている料亭のようなところである。
 
そこに参加する9名中、
「亭主」を務める先生と「半東」を務める2名の計3名は朝9時集合。
 
「お客」を務める6名は10時半集合で、
それぞれキモノを着付けて、大塚に向かった。
 
「お客」を務めるというと変な感じだと思われるだろうが
お客にも順番があって、
正客、次客、三客、四客が中正客で、五客、六客がお詰めと
それぞれ役割分担があるので、
演じるというか務めるという表現が似つかわしい役目を負っているのである。
 
ちなみに私は「正客」なので、
この初釜を催すにあたって、いろいろ準備をし、
心をくだいてしつらえてくださった亭主に対し、
あれこれお訊ねをしたり、由緒をお聞きしたりして、座を盛り上げる役どころだ。
 
また、席入りの作法や
懐石料理をいただく作法を連客の皆さんの手本となるよう進めたり、
お茶事の進行をスムーズにするための所作を行ったりする役目も担っている。
 
今回で正客は3度目なのだが、覚えることは山ほどあるので、
夕べもレポート用紙に書き出したりして、にわか仕込みに忙しかったが、
初釜全体がお茶のお稽古のひとつなので、
謙虚に場に臨み、楽しみつつも現場で勉強すればよいとのことである。
 
今朝は通常、同じ時間帯にお稽古している若手ふたりが初釜デビューだったので、
ひとりは8時に家に来てもらいキモノを着付け、
もうひとりとも9時に駅で待ちあわせ、3人で
はるばる横浜地区から山手線の反対側まで出掛けていった。
 
もしかしたら途中で苦しくなったり、気分が悪くなるかもしれないと、
いざという時のため、風呂敷包みに洋服一式も抱えていったが、
ふたりとも9時間近くにおよんだ着付けにも耐え、着崩れることもなく、
無事、夕方、最寄り駅まで生還した。
 
もしかしたら、初めてだらけのお作法と5時間におよぶ正座は
楽しいだけにはとどまらず、まるでお坊さんの修行のようでもあっただろう。
 
日本人として自力でキモノが着られ、
長丁場のお茶事の作法が自然にこなせたら、かっこいいに違いない。
 
なれど、言うは易し、行うは難し。
茶の道は深くて険しい。
 
帰り道、疲れもピークのはずのふたりだったが、
その顔は晴れやかで、
初体験の日本文化に触れた歓びと無事やり果せた達成感に輝いてみえた。
 
こういう世界を知らなくても日本人はやっていけるけど、
知っている日本人って、一枚上手。
そんな風に自画自賛しながら、ようよう家に帰り着き、
帯をほどけば、はらはらと疲れがこぼれ落ちるようだった。
 
かっこいいのは楽じゃない。
されど、挑戦する姿は美しい。
 

 


2015年1月22日木曜日

瀕死のガラケー

 
 
数日前、突然ケータイの電源が落ちた。
その1時間ぐらい前にはちゃんとメールが届いていたのに、
夕方、ふと気づくと真っ暗な画面になっていて、
ウンともスンとも言わなくなっていた。
 
そういえば、1ヶ月ぐらい前には画面の文字が点滅したっきりになり、
予備にもっていた新しいバッテリーに変え、事なきを得るという事件があった。
 
また、1週間ぐらい前には切ったはずのない電源が勝手に落ち、
また、自動的に再起動した。
 
こうした事象がSOSだったということかもしれないが、
とにかく、まるで脳梗塞で倒れたかのように、
いきなり電源が落ち、呼べど叫べど動かない。
 
こうなると、独立している娘二人、海外にいるダンナ、
いずれとも連絡がとれないことに気づいた。
 
最近のひとり暮らし族は家電なんてひかないから、
ケータイが壊れてしまうと連絡のとりようがなくなるのだ。
 
意外ともろい家族の絆にオロオロしながら、
とにかくSoft Bankの専門ショップに閉店間際に駆け込んだ。
 
ショップの男性に診てもらったところ、1度はやっぱりつながらず
それでもあれこれ話している内に、気を取り直したように復活したりして、
なんとかかろうじて踏みとどまっている感じだ。
 
しかし、もはや部品が揃わないので、
昨年末をもって修理は受けられない機種だと言われ、
いつまた電源が落ちるかわからない中、
早急な機種変更を余儀なくされてしまった。
 
『これはもしかして、この機にスマホに変えろということ?』
『でも、ひとり暮らしだし、取説もついてこないのに大丈夫?』
『けっこう使いこなせなくてガラケーに戻る人多いって聞いてるよ』
など、いろいろな思いが交錯し、すぐには決められない。
 
とりあえず次女にメールすると
「ありゃりゃ、そりゃ大変」と心配してくれ、来てくれることになった。
 
意外にも彼女の意見は
「ママはどうせ電話とメールしか使わないんだから、
ガラケーのままでいいじゃない」というものだったが、
そう言われるとちと悔しい。
 
でも、次女の意見が正論のような気もする。
 
が、電車に乗った時、誰もがスマホをいじっている側で
ガラケーを恥ずかしくて取り出せない自分もいる。
 
もし、ここでスマホに乗り換えなかったら、たぶん一生ガラケーのままだろう。
 
そんな逡巡する私の背中を押す1枚のチラシが今朝、朝刊に入っていた。
パソコン教室のチラシだが、
そこに『iphoneクラス』の文字。
聞けば、8回1クールでゼロから懇切丁寧にスマホの使い方を教えてくれるという。
 
次女にレクチャーを受けても、尚且つ分からなかったら、ここに飛び込めばいい。
そう考えたら、急に気が楽になった。
さっきまでのぐづついた気持ちも次女と会う頃には
iphoneへと大きく傾いて、
「私、やっぱりiphone6のゴールドが欲しい」と口にしていた。
 
「えーっ、そうなの。
女は人にどう思うって訊く時にはもう答えは出ていて
ただ、背中を押して欲しいだけっていう奴?」などと
冷やかされたが、気持ちは変わらない。
 
結局、月初めの契約がお得だということになり、
何とか瀕死のガラケーに月末までがんばってもらい、
SDカードにアドレス帳だけは保存して、
2月始めに出直し、そこで購入することになった。
 
月末には新車。
月初には新スマホ。
 
いずれもメカ音痴の私にとっては課題満載だが、
ここはひとつ時流に乗り遅れないよう、
ちゃんと使いこなせるまで頑張るしかあるまい。

2015年1月18日日曜日

海老蔵の石川五右衛門

 
 
 
 
新橋演舞場、新春花形歌舞伎『石川五右衛門』に行って来た。
演舞場は10数年ぶり。
 
新しくなった歌舞伎座と比べると舞台の大きさは同じぐらいだと思うが
客席がちょっと安っぽい感じなのと、
傾斜が緩やかすぎて、前の人の頭が邪魔で、舞台が見にくいのがちと残念。
 
演し物は『石川五右衛門』とカジュアルなイメージだし、
役者も海老蔵や獅童などが中心だからか、
会場に来ているお客さんも全体に若いし、歌舞伎慣れしていない感じの人が多い。
 
案外、男性も多く、しかも40代ぐらいの人だったりするあたり、
歌舞伎座と客層が違うなあと感じる。
 
私もキモノでいったのだが、会場にはキモノ姿のご婦人がけっこう見受けられ、
お正月公演らしい華やかさに包まれていた。
若い女性のキモノ姿も多く、その辺も歌舞伎座とちょっと違うところかも。
 
ただし、歌舞伎座は粋筋のお姉さんが
振り返りたくなるようないいキモノで来てたりするが、
演舞場は目を見張るようないいキモノの人はいなくて残念。
そのあたりもカジュアルなのか。
 
肝心の演目の方は
石川五右衛門と秀吉の意外な関係、
秀吉の正室茶々の身ごもった子どもの本当の父親は誰か?
ワンハンなる中国の皇帝にさらわれた茶々を助けるための大立ち回りなど、
「え~っ、そうだったの?本当に?誰それ?」みたいな
お話の連続。
 
真実なのか、ちゃんとした史実なのか、ちょっと分からないが
そのあたりを突き詰めるより、
単純に華やかでにぎやかで豪快な物語を楽しんで
お正月らしい気分を味わうのが一番という気持ちで鑑賞してきた。
 
先代の市川猿之助がやろうとしていた
『ヤマトタケル』みたいな路線とみていいだろう。
 
これからの時代、若い人を歌舞伎に呼び込み、
決して難しい言葉で何を言っているのか分からないわけじゃないことを
分かってもらい、
もっと気軽に観に来て欲しい。
そんな思いで演じているんだと感じた。
 
そのために
今までにはなかった石川五右衛門の宙乗りのシーンも採り入れたらしいし、
場面転換もすごく多い。
 
中国の華やかな建物の上で石川五右衛門が見得を切れば、
大量の桜吹雪が会場の方にまで吹き上がるし、
途中、5人がかりで練り歩く龍が登場したり、
花道だけでなく他のドアからも演者が登場したりと、
随所に飽きさせない工夫がてんこ盛りだ。
 
大枚払って来たからには、
一時でも世間の憂さを晴らして楽しんでほしい
そんな歌舞伎界の思いが伝わってくるような楽しい舞台だった。
 
クラシックな歌舞伎ファンには物足りないかもしれないが、
難しく考えずに、
「海老蔵いいわ~、やっぱり、いい男」と見惚れていればいい、
それが正しい歌舞伎の見方なんだと思う。
 


2015年1月16日金曜日

オブジェ用千代紙

 
 
 
ここ数日、個展に出品するオブジェに使う千代紙を摺っていた。
 
『版であること(複数性の意味)』
『版木にも美しい木目がすでに存在すること』
『日本人と木の文化』
 
当たり前に接している木や木目、版画家にとっての版木などが
深掘りすれば日本人のルーツにまで関わっている、
そんな思いで創っているオブジェに使用する千代紙である。
 
もちろん、原画になっている木目は私の作品で
版木にすでに存在している木目をさらに浮き上がらせ、版として彫り上げたものを
摺っている。
 
その1枚(両面彫ってあるので厳密には2点)と
何も彫っていない1枚の版木さえあれば
いろいろな色の組み合わせの千代紙が出来る。
 
今回はローズウッド風の家具と鋳物のガーデンチェアー、
貝やガラスのピッチャーなどをオブジェにするつもり。
 
もともと木製だとだれもが知っているものと
もともと木製ではないと知っているものの両方を、
すべてこの千代紙で包んで木製風にしてしまうつもりだ。
 
前回前々回と、個展におけるオブジェコーナーの評価が高いことを受けての
3匹目のドジョウの感は否めないが、
オブジェ作品を展示できるのは個展の時ぐらいしかないので、
今回も正面の壁はオブジェでいこうと考えている。
 
オブジェは売値がつかないコーナーになるので、
多分に実験的な意味合いが強いが、
作家として何を考え作品を創っているのか表明の場として
やっぱり外せない。
 
立体なので会場に動きを作る上でも効果が高いと考えている。
 
その材料となる千代紙が大量に摺れたので、
ここしばらくはオブジェ制作に取りかかることにしよう。
 
きっと個展の始まる前には家中のあちらこちらに
木目の家具や小物がころがっているに違いない。
 
それを見ながら、また、何か感じることがあれば
次の一手が閃くかも。
 
木ではないと分かっているものを木製にしてしまうとどうなるか。
究極は木目の人間だよな、きっと。
分かっちゃいるけど、具現化は難しいよなぁ。
ブツブツ・・・。
 
そんな風に版画家は、日々、ひとりアトリエで呻吟している。


2015年1月13日火曜日

玉三郞の大蛇が圧巻!

 
 
 
 
今日は銀座の画廊に個展の広報用資料を届けるついでに
東劇でシネマ歌舞伎を鑑賞してきた。
 
シネマ歌舞伎とは歌舞伎の公演を映像に撮って映画に仕立てたもの。
 
歌舞伎を生で観ようと思ったら、S席は18000円もするが
2100円で全編+舞台裏の役者の様子なども見られてお得である。
 
今回は『二人藤娘』と『日本振袖始』という舞踏歌舞伎の2本立て。
主役はいずれも板東玉三郞だ。
 
玉三郞はご存じ人間国宝になってしまった日本の宝物的女形だが、
ここ数年の相次ぐ歌舞伎界の不幸のせいか、
本来なら一人で踊る藤娘や道成寺を若手の女形と共に踊るというスタイルで
公演することが多くなっている。
 
聞けば、玉三郞としては
若手を本当はもっと稽古場で稽古をしてから舞台に上げたいところだけど、
その時間がないから、一緒に出ることで実地で稽古をつけようということらしい。
 
一昨年観た『二人京鹿の子娘道成寺』は菊之助と一緒だったし、
昨年は『二人藤娘』を七之助と踊り、それが今回、映像化されたというわけだ。
 
七之助は以前狐憑きみたいな顔で好きになれなかったが、
今は少しふっくらして、背丈もあるので、玉三郞と並んでもバランスよく、
美しい二人藤娘だった。
 
しかし、それより何より、もうひとつの『日本振袖始』という踊りが圧巻であった。
題名の意味がよく分からないので、何の期待もしていなかったのだが、
古事記に記された出雲のやまたのおろち伝説をベースに
近松門左衛門が書き上げた演目だそうで・・・。
 
玉三郞扮する岩長姫が恋の恨みから大蛇に変貌し、
生け贄として捧げられた稲田姫を救うため、
大蛇退治にやってきたすさのうの尊と戦うというお話。
 
稲田姫は今注目の若手女形米吉で、すさのうの尊は勘九郎。
 
その演目の何が凄いといって、玉三郞の大蛇への変貌ぶりが本当に凄い。
今までにも玉三郞が幽霊になったとか、狂女になったとかは観たことがある。
しかし、あんなに凄みのある恐い形相の大蛇になった顔は見たことがない。
 
映像では舞台裏で姫のメイクから大蛇のメイクに自分で変えていくところも
映し出されている。
 
しかも、やまたのおろちは八つの頭がある蛇なので
他に同じ衣装で同じ大蛇メイクの演者がもう7人出てくる。
その華やかさとおどろおどろしさといったら、これぞ正に歌舞伎。
エンターテイメントの極みといった感じだ。
 
その8人の大蛇が金と黒のウロコ模様の衣装に身を包み、
すさのうの尊相手に大立ち回り。
とてもこれが玉三郞が演っているとは思えない大男の大蛇の体だが、
勘九郎より背が高いので迫力十分、意外な一面に脱帽だった。
 
玉三郞の追っかけ歴約45年、
つまり、玉三郞が舞台に立つようになって以来のファンとしては、
「この世のものとも思えない」と三島由紀夫に言わしめた美貌は美貌として、
今はとにかく若手に藝を継承しようという使命に燃えているといっていいだろう。
 
そのためには大蛇だろうが、狂女だろうがやるし、
若手を伴って舞台で一緒に踊って、身をもって示しもする。
 
日本の伝統芸能の行く末を本気で心配し、牽引するその姿に
単なる美しい女形をはるかに越えた歌舞伎役者の魂を見た思いがする。
 
それにして、東劇という古い古い映画館のたたずまいはどうだ。
何十年ぶりかに入ったが、想像以上にゆったりとした座席と大きな会場に
たぶん10人ぐらいの観客。
 
それでひとり2100円では元をとるどころの話ではない。
ここでも「若い人をどう呼び込むか」というのが大テーマなことは間違いない。
 
昨日、成人式だというのに
花魁スタイルに派手に着付けをした女性達がニュースになっていたが、
いやはや日本の文化継承問題は、思いっ切り、岐路に立っている気がする。
  

2015年1月10日土曜日

今年初のコンサート

 
 
今年初の文化活動、『石田泰尚&清塚信也のデュオコンサート』に行って来た。
 
石田様にはまって追っかけている友人が昨年手に入れた2枚のチケットを
1枚譲ってもらうという形だったので、清塚信也のピアノを聴くのは初めてだった。
 
いつもはバイオリニスト石田泰尚が招集かけて一緒に演奏する3人組、
Beeやトリオリベルタなどのコンサートに行くことが多いのだが、
今回はそれぞれ個人でも根強いファンをもっているふたりのデュオコンサート。
 
というわけで、それぞれがソロで演奏する曲目が何曲かずつあって、
ふたりで演奏する曲が数曲あるという演目で、
一緒に仲良く弾きましょうというコンサートではなく、
全くキャラクターも楽器の演奏スタイルも違うふたりの火花散る戦いといった
感は否めない。
 
トークも石田様は遂に全編通して「明けましておめでとうございます」のひと言しか
言葉を発しなかったのに対し、
清塚信也の方は正に立て板に水、ユーモアもあるし、回転の速いマシンガントーク。
 
ビジュアル的にもそれぞれ相当なこだわりがあるようで、
石田様はまずコート姿で1曲弾き、その後はどう見てもどこかの組長にしかみえない
黒いスーツ、黒いシャツ、白黒のネクタイ、真っ赤な絹のポケットチーフといういでたち。
 
清塚さんはどこでそんな派手なストライプの生地をみつけたのかというような
茶系のスーツに、すんごく襟の高い宝塚で見るような白いシャツ。
2部は白いジャケット、丈の短い細身のズボンに、素足で白いスリッポン。
「お前は森山直太朗か」と思わず突っ込みを入れたくなるような恰好だ。
(顔もそういえば、森山直太朗をきりっとさせたような感じだし)
 
そんな一癖もふた癖もあるふたりだが、
伊達や酔狂でそんな派手な恰好をしているわけではない。
ちゃんと実力も伴っているあたりが、おばさんファンを魅了する。
 
まず、ショパンを弾かせれば一流の呼び声高い清塚信也が
ショパンのノクターンとポロネーズという対照的な曲をソロで弾き、
一方の石田はバッハの無伴奏パルティータを渾身の力で弾ききった。
 
また、2部の最後はそれぞれの早弾き大会の体で、
ガーシュイン、クライスラー、ピアソラとその姿と演奏は
楽器を使って戦っているとしか言いようがない。
 
会場のお客さんもその迫力と超絶技巧に拍手喝采し、
お正月明けて早々、今をときめくバイオリニストとピアニストの熱演を堪能した。
 
ふたりとも、オーケストラの一員としてやっていくタイプではなく、
すでに熱狂的なおばさまファンがついている。
 
今後、石田泰尚は神奈川地区からどう脱出して全国区になるか模索中だし、
清塚信也はすでにキャラを買われてテレビやラジオに引っ張りだこ、
ピアノ界の葉加瀬太郎を狙っている節がある。
 
どちらも勢いのある有望なソリストなので、
ファンのおばさんのひとりとしては、
これからも機会があれば聴きにいきたいと思っている。
 
すでに追っかけ歴数年の友人の金魚のフンでもいいので、
「また、行きましょうね」と約束して、
今年初の音楽鑑賞は興奮の内に無事、終わった。

2015年1月9日金曜日

2015年初摺り

 
 
 
 
2015年も明けて、早9日目になってしまった。
その間、アップしたブログは1本だけという体たらくだが、
別にインフルエンザで寝込んでいたとかいうわけではない。
(まあ、私をよく知る人は、誰も私がインフルで倒れたかもとは思わないだろうが)
 
4日の日曜日、娘ふたりを車でそれぞれの家に送り届けてからは
布団の片付けや部屋の掃除を済ませて
完全に版画モードに切り替え、
5日から連日家に籠もって新作の摺り準備をしていた。
 
試し摺りをとり、版の微調整を行い、
試しの一部取り直しをしながら、本摺りへとイメージを固めていく。
 
そんな作業を週前半に行い、
昨日、今日の2日に分け、本摺りを決行。
6枚の作品が先程摺り上がった。
 
少し前までは、本摺りといえば、早朝から夕方まで10時間摺りで
身も心もクタクタですなどとハードワークを自慢しては
整体の先生に「休み休みやってください」などと呆れられていたものだが、
最近はそうした無茶が効かなくなってきた。
 
集中力も持続力も続かなくなってきた上に、
体力の総量も減ってきているので、
10時間労働などというバカげたことができないのだ。
 
そこで、昨日、夕飯の後、8時から11時半まで、まず第一弾の摺りを終え、
作品にシートをかぶせて休憩、ではなく、本気で就寝。
 
今朝、8時作業再開。
午後2時半終了。
 
というように2日がかりで作業するようにした。
そうすれば、無茶な作業計画の果てに体力も知力も追いつかずに
適当でいい加減な摺りになっても自分を甘やかす
みたいなことにならずに何とか冷静に摺りおおせることが出来るのだ。
 
年賀状もしかり。
本当に毎年毎年、手摺りで150枚仕上げるのがきつくなっているのだが、
それは私だけではなかった。
 
今日も、大学院時代の同級生で銅販画家の友人から年賀状が届いたのだが、
そこには面々とこんなことが書いてあった。
 
「ビュランの酷使で左手の手首の骨がズレ、
痛みで版画どころか鉛筆で字を書くことさえ出来ません。
医者に行ってもひと言『加齢』と書かれるだけ。
年賀状も遂にコピーになり、申し訳ないと思いつつ、
約200枚の毎年の作業から開放され、
ホッとしてもいます。
手摺りの人は無理をしないように」
 
それでもギリシャ神話に出てくる羊飼いと羊たちの姿を作品にし送ってくれた。
コピーしたせいか、色が何だかぼんやりした印象は否めない。
 
こんな風に同級生でさえ、
制作に支障をきたす事態になっていることに驚き、
自分も若くないことに気づかされる。
 
幸い私はまだ、腱鞘炎になったことも一度もないし、
腰が痛いだの、肩や首が凝っただのと大騒ぎしながら整体に駆け込めば
何とかなる程度で、現状復帰出来ている。
 
しかし、骨がズレてビュランはおろか、鉛筆で字を書くこともままならないとなると
版画家としてはかなりやばいと言わざるを得ない。
 
まあ、私も同級生の言葉をありがたい忠告と受け止め、
無茶をウリにするのだけは辞めようと思う。
 
慌てず騒がず、
ゆっくりじっくり。
 
疾走する午年が終わり、未年になった今、
干支にならってイメージチェンジをしよう。
 
ニューヨークで感じたことを作品にした『象徴』という作品。
自由の女神が爆破されたワールドトレードセンター跡地のプールに立っている。
今週はフランスの新聞社が襲撃され、大勢の犠牲者が出ている。
犯人はまだつかまっていないが、新年早々嫌なニュースで気がかりだ。
 
今回の作品は
テロの標的になって、あの9.11事件につながってしまった
アメリカという国の世界で置かれた立場を表現している。
 
タイトルは『象徴』
正確には『象徴としてのアメリカ』という意味である。
 
ニューヨークやボストンの楽しかった思い出は思い出として、
やっぱり作品に残すべきはこっちかなという気持ちで創った。
 
新年早々テーマが重いが
今回のフランスの襲撃事件といい、
他人事ではなく日本人の私たちも真剣に考えなくてはいけないんだと思う。

2015年1月2日金曜日

2015年の年明け

 
 
 
 
 
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
 
雪の降る寒い年明けでしたね。
 
我が家は12月始めにクアラルンプールに飛んだダンナは帰国せず、
娘ふたりが年末に実家に帰って来ていたので、
女3人で迎えるお正月だった。
 
すべての料理を半分ぐらいの量に抑えつつも、とりあえず例年と同じ種類は作り
なんとか元旦の朝らしいしつらえで2015年のスタートを切った。
 
2枚目の写真に写っている大きなコアラのぬいぐるみは
その昔シンガポールに住んでいた頃、
ダンナひとりが逆単身赴任で大阪に行った際、
ダンナの身代わりに購入したもので、名前もダンナの名前で呼ばれている
身代わり地蔵みたいなぬいぐるみである。
 
いつもはリビングの端の使われていないステッパーという健康器具の上に
うち捨てられているのだが、
昨日はダンナが例年、座る席に身代わりに座り、
4人揃っておせちを食べたことになっている。
 
いつもの元日は、午後から親族が我が家に集合するのだが、
世帯主がいないので、今年はどうするか悩んでいたところに
義妹からのお誘いを受けたので、ちゃっかりお邪魔して楽しい時を過ごした。
 
初詣は鎌倉の八幡様に行くことが多かったのだが、
今年は珍しく川崎大師に行ってみた。
 
鎌倉とはまったく違う庶民的というか下町のお祭りというか、
にぎやかな初詣だった。
まあ、こんな年もあってもいいのかも。
 
お約束の名物、住吉のくず餅も買ったし、てっぽう漬けも買ったし、
おみくじも大吉だったので、さいさきのいいスタートを切れたのでは思う。
 
今年もいい年でありますように。
 
弘法大師様、
よろしくお頼申しまする~。