2014年3月1日土曜日

偶然の遭遇

美術評論家の赤津侃氏から個展をしないかというお誘いを受けてから
ちょうど1ヶ月が経った。
といっても、2月は28日しかないから、丸4週間ということだが・・・。

その4週間ときたら、目のまわるような忙しさだった。

まず、すでに決まっている来年の個展用の新作は今回は取っておくとして
ではどの作品をどんなコンセプトでラインナップするのか決めなければならない。

赤津氏がDM用に選んだ作品は覗き窓シリーズで、木目の作品について
評論文を書いてくださるらしいから、そこへ至る椅子のシリーズからも何点か
選び、自然な流れで覗き窓シリーズにいきつかせたい。

さらには個展会場の広さや一辺の壁の長さに対する作品の数や内容など
過去の作品のどれを選ぶのか、また、新作をこの個展用に創るのかといった
問題を2月上旬に煮詰め、結局、2月前半にオブジェの新作をひとつ創った。

その後は新作に集中できる環境にはなかったので、展覧会への段取りに
追われたり、写真家による作品の撮影があったりして2月が終わった。

しかし、まだ、肝心の赤津氏の評論文が載ったDMが出来てこない。

心配になった私は数日前に意を決して氏に電話をかけると、電話口の向こうから
力のない声で「ごめんなさい、体調を崩してしまって・・・」という返事が返ってきた。

『え~、大丈夫か?』

それでも来週にはこちらにつくように今、校正しているところだから、
ちょっと待っていてほしいということだった。

そして、今日3月1日。
所属するグループ展のメンバーの個展会場に陣中見舞いに伺うと、なんとそこに
赤津氏が登場。
思いもかけない偶然の遭遇となった。

確かに体調はまだ万全とは言えない感じでマスクをかけた氏だったが、
私の顔をみつけ大いに驚いた様子だったが、ちょうどよかったというように
鞄から校正が終わったばかりのDMの原稿を見せてくれた。

そこには生まれて初めて日本人の美術評論家が私の作品に対して評した
文章が刻まれていた。
(香港の新聞に載った時、イギリス人評論家に書いてもらったことはある)

それは『萩原季満野の木版画は、網膜に差し込んでくる衝撃力があり、
知覚の新鮮さを覚える』という文章から始まっていた。

400字ほどの推薦文は難解な言葉を用いながら綴られており、何だか自分の作品
のことを言われているという実感がない。

FAX用紙の文面はところどころ黒くインクがつぶれて判読できない字もあって、
ますますなんと書いてあるのやら。

いつもなら「本当に色がきれいね~」とか、
「描いたのかと思ったら版画なのね、びっくりしたわ」などと、
友人達が褒めているようで褒めちゃいない言葉で褒めようとしてくれているのが
私の版画なのだが、こんな風に評されたことがないから、ちょっとくすぐったい。

来週、本物のDMが届いて、みんなに見せた時の反応が楽しみだ。

いつもは「何だかわけも分からない現代美術をよくもまあ、こんな風に小難しく
哲学的に分析できるわね」などと思っていた美術評論家の評論文であるが
こと、自分の作品についてとなると有り難く思えるあたり、私も俗っぽい人間と
つくづく自覚したのであった。

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