2017年9月18日月曜日

祝 お食い初め

 
 
 
 
 
 
台風の影響で1日順延して、初孫のお食い初めが我が家で行われた。
 
孫には先月下旬に会っているのだが、2週間も離れていると禁断症状が出て、
無性にあのふにゃふにゃすべすべした柔肌に触りたくなる。
 
今日で生まれて100日とちょっと。
首がしっかり座り、足のつっぱりも強くなって、
何か話したり、笑ったり、目つきに意志のようなものも感じる。
 
とはいえ、まだまだ赤ちゃんなので、
あやして笑うほどコミュニケーションがとれるわけでもなく、
お食い初めのお膳を前に、フォトジェニックに微笑むというわけにはいかない。
 
1週間ぐらい前から、何度となくスーパーやデパートに通い、
揃えた食器や食材で、作った料理は写真の通り。
 
ネット検索で、定番のお正月料理のようなものを作ればいいと知り、
作ってみた。
 
メインは祝い鯛の塩焼き。
お膳は紅白包みなます、かまぼこ、筑前煮、黒豆、栗入り赤飯、
蛤と手鞠麩の吸い物。
そして、懐石料理ではないが、鶏もも肉の香味あんかけ。
 
食後にはお抹茶と金沢のお菓子で『友禅ごろも』
(白玉ぜんざいはお腹がいっぱい過ぎてパス)
 
ラストは娘夫婦が買ってきてくれたフルーツ大盛りケーキと紅茶。
 
お昼の12時、ダンナが駅前まで車で迎えにいき、長女夫婦とベイビー、
そして、次女がいっぺんに我が家にやってきた。
 
まず、娘ふたりはお食い初めのお膳を見て、歓声を上げ、拍手。
 
そして、やおら、スマホを取り出し撮影会だ。
 
どうやら完璧主義の名に恥じないようにと頑張った甲斐があったようだ。
 
ザ・日本の料理って感じでまとめてみたけど、
私としては「自分の娘達の時にさえしなかった行事を楽しんでやりました」という感じ。
 
それは祖父母の代だからこその余裕かも。
子育て世代は過中にあってそれどころじゃないものね。
 
みどり児が生まれて100日。
 
早いようで、結構、毎日大変だったろう。
昔はここまで育つとやれやれと思ったからこその100日のお祝いだ。
 
今までとはがらりと変わった生活に若いふたりも少しずつなじんで、
赤ちゃん中心の生活に慣れてきたみたい。
 
時々はこちらにも成長ぶりを見せてもらって、
小さな命の輝きのもたらす歓びと癒しをお裾分けしてもらおう。
 
そのためにばぁばは黒豆も煮るし、お赤飯も炊きますよ~。
 
もうすぐ離乳食が始まるというから、
お食い初めの口につける真似ごとじゃなくて、
本当に食べる日もそう遠くはないだろう。
 
日本の食文化の良さを伝えるのは、私の役目と、
頼まれてもいないのに密かに心に誓う『孫のお食い初め』であった。
 
 

2017年9月13日水曜日

お食い初めの準備

 
 
 
 
 
 
9月17日、初孫の志帆が生後100日を迎えるので、
その日に『お食い初め』のお祝いをすることになった。
 
『お食い初め』のお祝いは、志帆の親である長女達が行うもので、
そのまた親である私は、本来、お呼ばれする側だと思うのだが、
「料理関連はよろしく」ということで、こちらに丸投げされてしまった。
 
実は自分の娘が生まれた時は、二人とも海外転勤の真っ最中だったので、
私自身は『お食い初め』なるお祝いはパスしてしまって、
どんなことをするのか、どんなものを用意するのか、全く知らない。
 
そこで、ネット検索したところ、
いろいろな人が作った『お食い初めの料理写真』というのがぞろぞろ出てきて、
それを見ている内に、参考になっただけではなく、
ムラムラと闘志が湧いてきた。
 
お宮参りの時の記念品として、
伊勢山皇大神宮でいただいた『お食い初めセット』なるものも娘のところにあったが、
娘に写メして送ってもらうと、
漆のものではなく、4点すべてが白い陶器に花車の絵が描かれたもので、
私の思い描く『お食い初めの器』とはちと違った。
 
そこで、家中の漆の器を引っ張り出して、漆の角盆の上にセットし、
陶芸工房で造った陶板の大皿を、鯛の塩焼き用に使用することにした。
 
しかし、お祝い用の『祝い箸』と紅白の敷紙は地元のデパートやスーパーでは
手に入らなかった。
そうしたものは季節商品なので、お正月が近くならないと置かないらしい。
 
そこで、『結納』のアイテムを扱うコーナーがある横浜高島屋ならと思い、
昨日、雨の中出掛けると、
思った通り、両方とも高島屋で手に入れることが出来た。
 
ネットで鯛のしっぽに水引のついた紅白の紙が巻いてある写真を見つけ、
格好良かったので、
それに近しい感じにしようと、100均で買った祝儀袋を解体して、
水引のかかった鯛の胴巻きも自主制作した。
 
そして、何と言っても嬉しかったのは、
今週、最寄り駅のデパートで開催の『金沢名品展』で、
朱塗りの蓋付きの器に出会えたことだ。
 
骨董屋コーナーの一角にあったその器は未使用のもので、4客しかなく、
しかも煮物椀というには直径が12センチぐらいしかない。
 
5客揃ってなんぼの和食器なのに4客しかないせいで、
1客3000円と破格にお安い。
 
朱塗りの蓋には、松と鷹の金蒔絵が施され、
蓋の持ち手の部分が均一ではなく、まるで月のようなデザインでしゃれている。
 
小ぶりなので、お食い初めのお椀として使うのにぴったりだ。
 
初孫のために用意した初めての食器。
 
「一生、食うに困らないように」の願いを込めて行われるお祝いに、
まるで武家のお姫様が使うような朱塗りに金蒔絵のお椀とは・・・。
 
銀のスプーンをくわえさせるのもいいけど、
それは西洋の儀式だから、
日本人の子どもとして、これ以上ふさわしいものはないのではなかろうか。
 
歯が丈夫になるようにと神社の黒石で歯茎をこんこんするとか、
梅干しが何とかというのには興味がないので、パスすることにし、
私の考える『お食い初め』の器が揃った。
 
作るお料理は『鯛の塩焼き』『お赤飯』『はまぐりの潮汁』『紅白なます』・・・とか。
 
まるでお正月のおせち料理とそっくりだ。
 
そういうことならと、近所の魚屋さんに仕入れをお願いしたり、
買い出しをいつして、いつ作るかなど、段取りをするのも楽しい作業だ。
 
ついでに色紙に毛筆で『お品書き』を書き、
赤い扇に鶴がついているお正月のお花用の飾りが家にあったので、
柄の部分を色紙の裏に木工用ボンドで留めてみた。
 
大して上手な文字でもないが、雰囲気だけは出たので、
お食い初めの演出と記念品としてはなかなかいいのではと自己満足。
 
こんな感じで、久々に家の大掃除もしたし、器も揃ったので、
あとはお料理当番をして、
日曜日、孫の生誕100日を心からお祝いしようと思っているばぁばなのであった。



2017年9月10日日曜日

表千家 天然忌と且座と茶通箱

 
 
 
お茶のお稽古のひとつとして、『天然忌』といって、
七代目の家元如心斎の威徳を偲ぶお茶事が行われた。
 
更に、七事式といって普段のお稽古ではまったくやることのない、
茶道のお遊びである『且座』と、
お免状ものの『茶通箱』というお点前も教えていただくという盛りだくさんな内容。
 
いずれも5人は揃わないとできないものなので、
通常のお稽古日ではなく、日曜日に招集をかけ、全員キモノ姿で参集した。
 
気温30℃になろうかというお天気でも、お茶の世界では9月上旬は秋なので、
夏の着物ではなく、単衣の着物を着用。
 
帯は私は夏帯にしてしまったが、
絽つづれなる夏から秋へと移行する今しか使えない帯の人もいて、
お茶の世界は体感気温の通用しない世界と再確認。
 
まずは振りわけられた役の下準備を整え、『天然忌』のお茶を献上する。
 
お茶室のしつらえは、お棚が竹台子だったので、
すべての所作はこのお棚のルールに従って行われる。
 
私の役はこの時は正客だったので、点てられたお茶を床の間にお供えした。
このお点前をを「お茶とう」という。
 
床の間には丸だけが書かれた「円相」のお軸に小さく天然の文字が・・・。
訊けばこのお軸は『天然忌』の時にしか使えないとか。
 
茶花は青磁の花器に活けられた大きくて真っ白な芙蓉の花一輪。
 
今朝、やっと一輪咲いて、今日の日に間に合ったとか。
(天然忌には白の芙蓉の花と、お家元では決まっているとか)
真っ白な芙蓉もこの日のためだけに先生がお庭で育てていると伺って、
またまたビックリ。
 
おなじ芙蓉でも、
底紅のものや、ピンクのものでは駄目だという先生のこだわりはハンパない。
 
茶花は花屋さんで売っているわけではないので、
お茶の先生は自宅の庭に茶花を育て、
うまく四季のお茶事に合わせて自分の庭の花が咲かないときは、
花切りばさみを手に、
近くの野山によじ登ったりするらしい。
 
写真の花は『且座』の時、正客がその場で活けたもので、
中央の大きな葉っぱは玉紫陽花という秋の紫陽花の葉で、
花は真ん中の紫の花である。
 
『且座』というのは、回り番で、
お花・お炭・お香・濃茶・薄茶と五人がそれぞれお点前するもので、
この時の私の役は亭主だったので、濃茶を点てた。
 
ここまでが午前中で、早くもグッタリだったが、
お昼ご飯のお弁当をいただき、午後は『茶通箱』。
 
全員がこのお点前のお免状は持っているので、
有資格者だけで行うお稽古ということになる。
 
『茶通箱』の時の私の役は正客だった。
 
『茶通箱』はお茶席に2種類のお茶を持って出て、続けて2服濃茶を点てるので、
タイミングを計って、拝見を所望したり、お訊ねをしたりして、
お客さん側とはいえ、いろいろ途中でパフォーマンスがあるので、
覚えることとやることがてんこ盛りだ。
 
結局、三種類のお稽古で、午前に午後に計6時間は畳に直の正座だったので、
終盤はやはり修行のような気分。
 
お茶は好きで続けているのだけれど、
こうなるとなかなかに苦しい・・・。
 
今年から始まった新しい先生のところのお稽古は、
先生の熱意がずんずん伝わってくる分、
それに応えられるよう、もっと勉強しなければと思わされた1日だった。
 
しかし、家に戻って、帯をほどけば、大きなため息と共に、
そんな決心はもろくも崩れ、
冷たい麦茶を飲み干し、速攻、Tシャツ短パン姿の私がいる。
 
非日常に身を置く幸せは、
凡人には6時間が限界なのであった。

2017年9月7日木曜日

お茶の世界は秋本番

 

 
8月の下旬から9月の初めにかけ、「文学と版画展」があったため、
1週間に4回も銀座に通ったせいか、
最近、急に心理カウンセリングのご要望を受けるようになって、
9月1日から6日までに5回もカウンセリングのクライアントさんと会ったせいか、
はたまた、
非常勤講師をしている学校のテストの答案用紙が送られて来て、
採点のために3日間、缶詰めになっていたせいか、
とにかく、ここ数日、疲れが溜まっていると感じていた。
 
そんな体にむち打って、
9月最初のお茶のお稽古に北鎌倉まで出掛けた。
 
今月のお点前はどんなお棚かしらと、お茶室に入ると、
床の間には籠の花器に秋のお花が生けられていた。
 
籠の花器はサザエ籠。
お花はすすき、角虎の尾、ほととぎす、金水引、ともうひとつ。
 
先生に教えていただいたが、名前を覚えきることが出来なかった。
 
筆跡が豪快なお軸は「明歴々露堂々」
 
禅語で、すべての存在が明らかに、すべての物事が現れているさまで、
そのままの姿のすべてが真理の表れであるという意味だそうな。
 
分かったような分からないような・・・。
 
しかし、とにかく、毎日、仕事と雑事に追いまくられていた私にとって、
先生が9月に入ったからとしつらえてくださったお茶室の空気が、
「何を毎日、バタバタと過ごしているの。季節は早、秋に移ろっているのよ。
しばし、心を落ち着けて、まあ、一服召し上がれ」といっているようだった。
 
鞄にお茶のお稽古用信玄袋と、カウンセリング用ファイルなどを
ぎゅうぎゅうに埋め込み、
うっかり白いソックス(足袋の代わり)を持ってくるのを忘れた私だというのに、
「たまには後炭をやってみましょう」と、
なじみのないお点前をお稽古させてくださった。
 
日常から離れ、茶室という異空間に身を置いて、
朝から晩まで段取り段取りで動いていた最近の私の胃に、
同胞が点てたお濃茶の甘みと渋みが静かに染み渡る。
 
忙しさを日々の充実と思っていたけど、
「明歴々露堂々」的にはどうよ?
 
しばし疲れた頭を冷やして、じっくり意味を考えたが、
やはり、よく分からない。
 
言えるのは、お抹茶でもいただいて、
心と体を少し休めようと思う今日この頃だということだ。

2017年8月29日火曜日

第3回 文学と版画展始まる

 
 
 
 
 
銀座6丁目にあるギャルリー志門という画廊で、
第3回 文学と版画展が始まった。
 
昨年から参加メンバーに加えてもらって、自分でも楽しみにしている展覧会だ。
 
この展覧会は、版画家自身がまず、1冊の本を選んで、
自分の作品を本の装丁に使って表紙を作るというもので、
会場には額に入った作品は勿論のこと、
その額の下に白い棚が設けられ、そこに装丁がかかった本も展示されている。
 
版画家は時には依頼を受けて、本の表紙に絵を提供することもあるが、
大抵は出版社が表紙を制作する部門を持っていて、
そこのデザイナーが表紙や帯をデザインする。
 
だから、まず1冊の本を選ぶところから始まって、
表紙にどのように作品を入れるか、文字はどうするかなど、
普段とは違う作業の連続なのが、楽しい。
 
だれがどの本を選ぶのか、興味津々で、
小難しい哲学書を選ぶ人もいれば、童話を選ぶ人もいて、
その人の人となりがよく現れる。
 
私の場合は、「女流作家であること」、「自分が好きな文学であること」を条件に
本の選定をして、
その本の内容を意識した作品を創っている。
 
自分の作品ありきで本を選ぶ人もいるが、私は文学の方に敬意を払っている。
 
去年は瀬戸内寂聴の「爛」を選んだが、
今年は小池真理子の「沈黙のひと」である。
 
内容は小池真理子自身の父親がパーキンソン病を患い、次第に歩けなくなり、
話すことが出来なくなるのを側で介護しながら、
父親は人としてどう生きたのか、男としてどんな人生があったのかなどを
驚愕の内に知るというものだ。
 
それに対して、私の作品は、
人がパーキンソン病をいう抗いがたい病を得ることに思いを寄せて、
いつもより静かな絵柄、しかし、色味は情熱を秘めているものにしようと考え、
創った作品が「ふたり静かに」である。
 
また、本の「沈黙のひと」というタイトルもいいと思った。
 
本の表紙としては、横キャンの絵柄を真ん中で分断し、
表表紙と裏表紙に分けて使っている。
 
背表紙とそれに続く裏表紙の一部をベージュ色にし、
バーコードやメールアドレス、
「文藝春秋」ならぬ「文藝季満野」という文字を配した。
 
本当に文藝春秋から発行されている訳ではないから、
それっぽく見えるためのユーモアである。
何もないと間が抜けるからねぇ・・・。
 
という感じでギャラリーのオーナーと相談しながら、印刷から上がってきた表紙は
とてもいい出来上がりで、
書店にもし並んでいたら目を引くだろうと思える美しい表紙になった。
 
誰か出版社の目に止まって、表紙のデザインの依頼が来ないかな~と思うのは
去年も今年も同じだが、
こういう課題の出される展覧会に参加する楽しさも同様だ。
 
去年はオープニングパーティに出ても知らない作家ばかりだったので、
なじめない空気を強く感じた(意外と人見知り・・・)が、
2回目の今年は徐々に顔見知りも出来、打ち解けてきたので、
この企画展のメンバーとしてしばらくやっていこうかなと思っている。
 
「文学と版画」
 
印刷が発達する前は当たり前に密接な関係だった「文学と版画」を
あらためて自分の作品で結びつける機会を得、
人の文学作品に啓発されて版画作品を創る楽しさを味わっているところだ。
 
展覧会として、とても展示そのものが美しく、面白いと思うので、
銀座にお出かけの際は、ぜひ、お立ち寄りください。
 
ギャルリー志門
中央区銀座6-13-7 新保ビル3F
 
2017年8月28日(月)~9月2日(土)
11:00~19:00(最終日は17:00まで)
 
なにとぞ、宜しく!

2017年8月20日日曜日

摺り師KIMINO


 
 
 
 
雨は月曜日までしか降らないらしい。
となると、日曜日中には何としてもこの作品の本摺りを仕上げねば・・・。
 
その一途な思いだけを胸に、ここ10日ほど頑張ってきた。
 
そして、遂に昨日8月19日の夜から、本摺りに取りかかることが出来た。
 
土曜日は午前中に1本心理カウンセリングの予約が入っており、
午後は陶芸工房で水差しの削りという時間がかかりそうな作業が待っていた。
 
しかし、天気予報では夜半過ぎから関東地方はところにより大雨とか。
 
もし、夜、雨が降るとしたら、この機を逃す手はない。
夏、暑いのはどうしようもないとして、和紙の乾燥を防ぐため、
「雨の中、摺りたい」その強い思いが私を突き動かしている。
 
というわけで、土曜の朝の一番に和紙を裁断し、水を打ち、湿して、重しをした。
和紙は湿してから、全体に水分がなじむまで、
5時間ぐらいは摺り始めることが出来ない。
 
日中、他の用事を済ませ、夜、作業を開始すれば、丁度よい。
 
絵の具の調合は金曜の夜に済ませ、
すでに40色ぐらいの絵の具が摺り始めるのを待つばかりの状態だ。
 
土曜の夜、夕飯を作り食べ始める頃、
テレビのニュースでいきなりの大雨と大風のため、
花火大会が急遽中止になったと報じていた。
と同時に、横浜の雲行きも怪しくなり、ゴロゴロ、ピカッと雷鳴が・・・。
 
私は「来た来た来た~!」と、小躍りして、アトリエに駆け込み、
加湿器をオンにして、いよいよ本摺り開始だ。
 
まずは体力があるうちに大きなパートを摺り始める。
 
背景に配されたグレーの濃淡の花の部分から、版木の上に調合した絵の具をのせ、
3色グラデを作り、1枚1枚同じ部分だけを摺っていく。
 
今回は6枚の和紙を同時に摺る。
 
次は江戸紫の濃淡で出来ている大輪の花。
 
そうやって、夜中の2時まで摺り続け、だいぶ疲れたので、今日はこれまで。
シャワーを浴びて、朝まで一眠りすることにした。
 
昔は夜明けと共に作業を開始し、夕方6時ぐらいまで、昼ご飯もそこそこに
計12時間摺りみたいな無謀な摺り方をしていた。
 
しかし、ここ数年は同じ時間数を2日に分け、
初日に5~6時間摺って、一度は筆を置く。
 
すると、次の日には前日の作業がなかったかのごとく、リフレッシュし、
気分的には1からスタートして、残り半分の量を摺ることで作品は完成する。
 
その作戦で、日曜の朝は自然に起きるまで目覚ましもかけずに寝て、
体が「OK、リフレッシュしたから、再開しても大丈夫」と声をかけてくれるのを待つ。
 
今朝は8時前に目覚めたので、寝過ごした感じもなく、
いつもの日曜日という感じで、グレープフルーツとバナナ入りヨーグルト、
フランスパンで作ったフレンチトースト、野菜ジュースという朝食を採った。
 
そして、後半の作業を気分よくスタートし、版がずれるとか、
絵の具でどこか画面が汚れるとか、色味が気に入らないとかのトラブルもなく、
つつがなく午後3時にはすべての行程が終了、水張りも済ませた。
 
途中、試し摺りで考えていた背景とは少し色味を変えたりしたが、
そのあたりは摺り師KIMINOが絵師KIMINOに相談するという形で、
スムーズに決断し、ベストな選択がなされたと思っている。
 
本摺りは当然のことながら、試し摺りより摺りのクオリティが上がって、画面が美しい。
 
「さすが、摺り師KIMINO、やるじゃない」と絵師KIMINOが声をかけ、
「まあね、この作品、ちょっと凄くいいんじゃない」と摺り師も絵師もご満悦。
 
相変わらず、アトリエではひとり相撲というか独りごとというか、
怪しい会話が行き交っているが、
無事、6枚の本摺りは摺り上がり、怒濤の8月のミッションはクリアした。
 

2017年8月17日木曜日

絵師KIMINO

 
 


今週はずっと雨という予報なので、新作の本摺りに向け、
今日は試し摺りをした。
 
浮世絵は絵師と彫り師と摺り師と版元という四者の共同作業で成り立っていた。
 
つまり、歌麿や北斎というのは絵師であって、
決して、自分では彫ったり、摺ったりはしていなかったのである。
 
版元というのは今でいえば、画商や出版社という位置づけで、
作品を世の中に送りだし、売ってくれる人である。
 
しかし、現在、版画家に画商がついて、売ってもらえる人は
ほんの一握り。
多くの版画家はほとんど作品が売れることもなく、
時に友人が買ってくれるとなると申し訳ない気持ちになるほどである。
 
話はそれたが、
今日の試し摺りは言ってみれば、「絵師」にあたる要素が大きい。
 
もちろん原画を描いたのは自分であるから、
原画作成というのが絵師の仕事なのだが、
その後、トレッシングペーパーに原画を描き写し、版木に転写し、
黙々と、延々と彫りの作業を進めた後で、
もっともアーティスティックなパートが試し摺りになる。
 
実は原画を興した段階では、最終の色合いまでは全く決まっていない。
 
大体の色みや作品のイメージみたいなものは決めてスタートするが、
細かい色をどんな風にするか、1色1色調合し、
ああでもないこうでもないと悩むのがこの段階なので、
自分ではこここそが「絵師」のパートだと思っている。
 
実際、今日も途中まではいい感じだと思っていたのに、
後半、迷子になってしまい、
思い通りにのせた色が、思い描いたイメージを創り出してはくれなかった。
 
そこで、2枚目の試し摺りを取り、
修正していくのだが、もはや、朝から作業を始めて7~8時間ぐらい経っており、
頭が疲れて働かない。
 
とはいえ、日曜日には本摺りにまでこぎつけたいので、
彫り調整といって、版が重なり過ぎた部分などをぎりぎりの重ねになるよう、
彫りの修正もかなり必要だ。
 
夕方になると、目はしょぼしょぼしてくるし、肩もパンパンだし、
ずっと長時間正座していたせいで、ふくらはぎの血流が滞っているのがわかる。
 
そんな自覚症状がでるまでやらないよう注意する、
整体の先生の困った顔が目に浮かぶが、
頭の中は明日の予定、あさっての予定などが渦巻き、
やっぱり今やらなくてはと焦る自分に押し切られてしまう。
 
何とか、最終のイメージが掴めるところまできて、筆と刀を置き、
夕飯の仕度のため重い腰を上げた。
 
本気で重い腰になっていて、
一瞬、立ち上がりざまによろけた。
 
このまま、ここで倒れてはシャレにならない。
絵師KIMINOは何としても摺り師KIMINOにバトンを渡さねば・・・。
 
バトンといえば、日本のお家芸になりつつある、4×100メートルのリレー、
今回初めて見た第1走の多田修平君は可愛い。
何と言っても笑顔がいい。
素直な性格が顔に表れている。
 
ケンブリッジ飛鳥が故障で最終滑走が藤光謙司君になったのは残念だけど、
こちらもイケメンだったなぁ。
 
それにしても、ボルトのあの劇的な幕切れ。
まるで映画の1シーンのような衝撃的な最後の姿。
 
力を出し切った男がそこにいた。
 
私も力を出し切らねば・・・。
 
なんて、ひとり妄想し、独り言をつぶやきながら、
アトリエでは熱き戦いが繰り広げられていたのである。