2017年5月29日月曜日

「もーいいかい」「まーだだよ」

 
 
 
昨日の5月28日は長女の出産予定日だった。
 
初産なので、予定日より遅くなることの方が多いとは聞いていたが、
長女の周囲でも、予定日より早くなったケースがいくつかあったので、
何となくウチもそのケースではと、すっかりそのつもりでスタンバイしていた。
 
私は遊びも仕事も金曜日までに一区切りつけ、
27日の土曜日からはいつでも駆けつけられるよう、
支援体制バッチリの心積もりでいた。
 
日曜日しか休みのない長女のダンナさんも、予定日が日曜日だったこともあり、
28日に生まれてくるといいなという算段だった。
 
ところが、金曜日の検診でも、生まれる兆候は全く見られず、
土曜、日曜となっても、気配すらないという。
 
拍子抜けした私は土日は新作の版画の彫りをここぞとばかり進め、
平彫りという部分の彫りは全部やり終えることが出来た。
 
後は、とにかく今週中に出てきてもらいたい。
でないと、ちょっと困る。
 
そんなはやる気持ちを胸に、今日は陣中見舞いと称して、娘のところに出向き、
大きくせり出たお腹をなで回しながら、
「もう出ておいで」と直接、ベイビーを説得しにいった。
 
とはいえ、「説得はもうだいぶしたわよ」と娘も言うので、
まずは駅で待ちあわせてスーパーに行き、
留守宅になった時にひとり残されたダンナさんが食べるものを大量に作ることにした。
 
母親として料理嫌いの長女を何とか仕込まなければというミッションは重く、
長女が育児休暇で実家に戻っている時がチャンスだと思っているので、
生まれてくる直前の今がその始まりだ。
 
食材が余るのも困るというので、
にんじん1袋、こんにゃく1枚を2~3種の料理に使えるよう、
売場でいろいろな食材を眺めながらメニューを考えた。
 
その結果、
「肉じゃが」と「筑前煮」と「炊き込みご飯」と「鶏手羽のオーブン焼き」の4種を
作ることにし、
他にお昼ご飯として「我が家のレタスチャーハン」を伝授することになった。
 
初めて立つ娘の家のキッチンは何だか使いづらかったが、
出産直前に母娘でおしゃべりしながら料理を作ったこの時間は、
いつかきっと懐かしく思い出す日が来るだろう。
 
なんだかんだで3時間近くキッチンで立ち働き、
夕方、もう一度
「お願い、もうそろそろ出てきてちょうだいね」とお腹に念を押して帰ってきた。
 
さてさて、どうなりますやら。
 
怒濤の日々が始まる嵐の前の静けさよ。

2017年5月23日火曜日

菊五郎の真骨頂 『魚屋宗五郎』

 
 
 
 
5月3日から行われている団菊祭を観に、歌舞伎座まで行ってきた。
いつもの歌舞伎フレンドと一緒だ。
 
今日は珍しくふたりともお洋服。
急に夏みたいに暑くなったのと、友人が最近、お引っ越ししたため、
まだ、キモノモードになっていないからというのが理由。
 
私はスペインで調達したワンピースを着用したのだが、
なぜか、友人と似たテイストの恰好に・・・。
 
以前、よくご一緒したおばあさまは最近めっきり外に出るのが億劫になってしまわれ、
その上、おばあさまを介して歌舞伎のチケットを入手してもらっていたのだが、
そのとある役者さんの番頭さんが、最近、
脳梗塞で倒れられたとかで、チケット入手の道も断たれてしまった。
 
人生、それぞれ齢を重ね、
いつまでも元気というわけにはいかないと実感。
 
つい先日の陶芸工房のおじさんの話と相まって、
ちょっとしみじみしてしまう。
 
一方で、長女の出産はもう間もなくだから、
生まれる命もあるということで、仕方ないのかもしれないが・・・。
 
さて、今月の歌舞伎座は5月の団菊祭。
 
板東楽膳さん・彦三郎さん・亀蔵さんの襲名興行として
『梶原平三誉石切』
 
他に義経千本桜の内の『吉野山』
『魚屋宗五郎』の三本。
 
一番楽しみにしていたのは、菊五郎の十八番『魚屋宗五郎』だ。
 
一緒に行った歌舞伎通の友人曰く、
菊五郎が得意とする演目の中でも「宗五郎」は一番のはまり役で、
菊五郎一座のチームワークとフットワークの良さがなければ成立しない演目で、
あ・うんの呼吸で練り上げられた芸は数ある世話物の中でもピカ一とのこと。
 
お話は魚屋の宗五郎の妹お蔦が濡れ衣を着せられ殺されたと知り、
妹思いの宗五郎が酒の力を借りて旗本の屋敷に乗り込み
悪態の限りをつくして悔しい胸の内を訴えるというもの。
 
江戸時代の庶民の生活の様子なので、歌舞伎ならではの豪華絢爛な衣装も
美しい家屋敷や風景などの大道具もない。
 
しかも、妹を不義の罪で手討ちにされたと知った悲しみの場面なので、
弔問に訪れた人も迎えた宗五郎夫婦もトーンは暗い。
 
そこへ今回の話題の新人、初お目見得の寺嶋眞秀君が酒屋の丁稚姿で
酒樽を持って花道から歩いてくる。
弱冠4歳ながら、さすが寺島しのぶの息子だからか、しっかり大きな声で
セリフ回しも流暢に、きれいなお女中さんからだと言ってお酒を届けにくる。
 
そのお酒の送り主おなぎが弔問に来て、
妹お蔦は不義の罪ではなく、実は濡れ衣を着せられたと知った宗五郎が、
悔しさのあまり、禁酒を破って酒を飲み、酔った勢いで屋敷に乗り込むのだが、
そこまでのやりとりや酒のあおる様がおもしろおかしく描かれる。
 
豪放磊落な江戸っ子気質の宗五郎の性格と菊五郎本人の性格がかなり似ているせいか、
役作りというより、地でやっているという感じ。
 
舞台上にはいないので、客席からは見えないのだが、
宗五郎が酒を飲む度、三味線の効果音が入り、ぐびぐび飲み干す様に、
観ている私達も「おいおい、その辺で辞めとかないと・・・」と心配になる。
 
酔っ払いが旗本の屋敷に転がり込んできたら、
即刻、切られてもおかしくない時代だが、
左團次演じる家老の浦戸十左衛門の計らいで、ことは丸く収まる。
 
女房おはま役の時蔵は相変わらず芸達者なので、
菊五郎との絶妙なやりとりで楽しませてくれる。
 
今回は2階席の1番前中央寄りという席だったので、
いつもの前から2列目のかぶりつきで観る歌舞伎とは違って全体像を堪能出来た。
 
ただし、さすがに顔の表情の細かいところまでは見えないので、
オペラグラスも持ってくればよかったとちょっと後悔した。
 
自分ではチケットを取るため何時間も電話をかけまくるという労を執っていないので、
文句の言える立場ではないのだが、
全体も観たいし、顔の表情も観たいと思うのが正直なところ。
 
でもって、何より、
本日の収穫は、人間国宝・尾上菊五郎の真骨頂に触れられたことであろう。

2017年5月20日土曜日

抹茶椀造り

 
 
陶芸工房は2ヶ月に1度の釉がけの日。
 
この2ヶ月に作陶して、素焼きの出来上がったものに釉薬をかけ、
本焼きに出す。
 
他にも、2週間前に造った3点の器の高台を削る作業もある。
先にそちらの作業を済ませてから、
素焼きの出来た4点の器の出来上がりのイメージを固め、釉薬をかけることにした。
 
計7点の器の内、6点が抹茶椀だ。
 
抹茶椀ばかりなのは、先週、「茶の湯展」と「楽茶碗展」を観たからというわけではなく、
この秋の合同展示のお題のひとつが「抹茶椀」なので、
それに出品するためのものを今から造っているというわけ。
 
大量の抹茶椀を観てきたばかりなので、参考にしている部分はある。
例えば、高台の直径が椀の部分に対してどれくらいかとか、
高台の高さが思ったより低いこととかだ。
 
しかし、楽茶碗とはそもそも土も釉薬もまったく違うし、
展覧会場の抹茶碗は、大きさも小さいものから大きなものまで様々だった。
 
結局、お茶を長いことお稽古している身として、
茶筅の振りやすさとか、飲むときの手のひらへの収まりとか、
飲み口の厚さや形状など、
使い勝手のよいものがいい抹茶碗なのではという結論に達し、
自分にとってバランスのよい抹茶椀を目指して造っている。
 
実は抹茶椀はすでにトライ済みで、2ヶ月前の本焼きで試した釉薬の組み合わせは、
予想以上にいい感じだった。
しかし、焼き締められて縮む分の計算が甘く、小さめに出来上がってしまったので、
今回の6点は大どんぶりぐらいの大きさに造った。
 
これで、本焼き後に思うような大きさになって欲しいと、今は祈るばかり。
 
陶芸を始めて丸6年、なかなか思い通りに焼き上がらないのがじれったい。
 
どこまで続ければそんな境地になるのやらと思っていたら、
隣のおじさんが「今日でここも最後」と言いながら、
リュックから日本酒の1升瓶を取り出した。
 
そのおじさんは大古株で、陶芸教室のアイコンのような存在。
身長180センチぐらい体重は100キロ越えかと思うようないわゆる巨漢。
 
最初に工房に行ったとき「なんて大きな人!と驚き、
その大きさとは裏腹に、繊細で優しく、丁寧な仕事ぶりにビックリした人だ。
 
ド素人の私に陶芸のイロハを教えてくださり、
逆に私の個展やグループ展にはこまめに来てくださる心優しきおじさんだったのに、
「陶芸も早20年やったし、70になったここらで、別のこともしようかと思ってね。
それにここまで通うのに1時間半かかるのはきつくなってきてね」と
何だか秘めた思いがある様子。
 
先生にしてみれば、1番弟子といってもいい人が辞めるのは、
痛手だろう。
 
工房の奥で、 
陶芸体験にきているお客さんの相手をしていて私達の話に加われない先生に
わざと聞こえるように、私はこう言った。
「最近、よく思うことがあるのよ。
人生は諸行無常だってこと。
何ごとも永遠に続くことはないということだわね。残念だわ、とても」と。
 
目の前にいる2番弟子のおじさんはいかにも寂しそうな表情で、
陶芸工房で育てた友情にピリオドが打たれることがショックのようだ。
 
自分らしい老後とは、やりたいことをやる余生とは、
リタイア後の人生をどう生きるのか、
一流企業の企業戦士だったおじさん達の心が揺れているのが分かり、切ない。
 
抹茶椀を造れといわれても、お抹茶なんか飲む生活にないおじさん達にとっては、
意味のないことなのかもしれない。
 
私にとっての自作の抹茶椀で抹茶を飲む楽しみとは違う次元で
抹茶椀を造っているんだなと思い至った。
 
そこに「生きる意味」「創る意味」がなければ、
「いきがい」にはならないのかもしれない。
 
いきがいって、難しい。
 

2017年5月18日木曜日

孫を待つ白い薔薇

 
 
 
今年も玄関前のアプローチの白い薔薇が満開になった。
 
近所では白い薔薇のおうちと言われているらしいが、
実はこの薔薇、20年ものの薔薇で私が植えたものではないので、
あまり気に入っていなかった。
 
とにかく生命力が強すぎて、フェンスに這わせる前はところ構わず伸びては、
枝を切る度にとげで怪我をしていたし、
フェンスに這わせたら這わせたで、他の時計草や赤いミニバラを押しのけ、
どこどこまでも伸びる。
 
5月には一斉に花を咲かせるが、
8月には花の咲かない長い茎が何本も塀からぶら下がり、
近所で「しだれ薔薇」と呼ばれる始末。
 
第一、私好みの薔薇はもっと花弁が少なく、香り豊かな絵になる薔薇なのに、
この薔薇ときたら、まるで小学校の運動会の時、
入場門に飾られる薄紙のポンポンみたい。
 
花弁の数なんか多すぎて何枚あるか分からないし、
ひとつ枯れかかって散ると、そこら中が薔薇の花びらになるので、
掃除が大変だ。
 
剪定の時期になると、どこでかぎつけたか、
ご近所さんが「挿し木にするから、少し茎をちょうだい」と言ってきたりするが、
内心、「この薔薇のどこがいいんだか」と思っている。
 
ところが、今年の薔薇の咲きっぷりといい、清らかな白さといい、
いつもの年とは何だか違う。
 
まるで、もう少しで生まれる初孫の誕生を待っているかのような初々しさだ。
 
しかも、たんまり咲いて、ゴージャスでもある。
 
予定日は5月下旬なので、その通り生まれたとしても、
退院して、長女が孫を連れて帰省する頃には、完全に散っているか、
もしくは枯れて、洟をかんだ後のティッシュが枝にくっついたみたいになっているだろう。
 
それでも、今は「早く生まれておいで」
「ちゃんと生まれておいで」と言っているように見えるから不思議だ。
 
単に心待ちにするばぁばの気のせいだとは思うが、
清く美しい白薔薇をしばし楽しもうと思う。

2017年5月16日火曜日

ふたつの茶の湯展をハシゴして

 
 
 
 
お茶のお稽古に通うお茶フレンドふたりと誘い合わせて、
東京で開催されているお茶道具に関する展覧会ふたつに行ってきた。
 
お茶道具の展覧会としてはいずれも最大級の品揃えだというので、
1日で2箇所を巡ることにした。
 
1箇所は上野の東京国立博物館の『茶の湯』展
もう1箇所は竹橋の東京国立近代美術館の『茶碗の中の宇宙』展
サブタイトルは『楽家一子相伝の芸術』
 
私達3人は神奈川県人なので、上野と竹橋はかなり遠い上に
両方ともかなりの人出だという噂なので、
とにかく上野に開館時間の前に着いて、1番に入館することを目指した。
 
先ず、両展共通のチケットを事前に手に入れることで、
券売機の列に並ぶことを回避。
次に9時半の開館時間に対し、8時57分に上野に到着し、
9時3分には博物館前の門に着くことで、
先着10番目ぐらいの位置を確保した。
 
案外3人でおしゃべりしていると朝の通勤ラッシュも、博物館前の列も、
難なく時間が過ぎ、
案内の男性に誘導され、開館してすぐの展覧会場に入場できた。
 
こちらの展覧会は茶の湯がどのようにして始まり、千利休によって確立され、
その後の時代に受け継がれていったのか、
様々な代表的な茶道具を通して分かるよう展示されている。
 
私達3人はイヤホンガイドも借りて、
うろ覚えの茶道の知識だったものを、
解説付きで観ることにより理解を深めることにした。
 
利休の好みは侘びの世界だが、時代が変われば道具のテイストも変わる。
 
あまたある茶碗や茶入れ、水差しなどを眺める内に、
「この展示の中の茶碗でお茶を一杯飲めるとしたら、自分ならどれを選ぶか」という
問いかけをしながら会場の茶碗を観て廻っていた。
 
出口のところで合流したひとりに同じ問いかけをしたところ、
「長次郎の黒楽」というので、長次郎の黒楽の展示のところまで一緒に戻ったところ、
ふたつ並んだ長次郎の黒楽の内、ひとつが彼女好み、
もうひとつが私の好みだった。
 
ふたりともお茶をやっているので、茶碗を観ているだけで、
手に取ったときの感触が何となく分かるし、
茶筅が振りやすそうとか、飲み口のあたりがよさそうとか感じることが出来るので、
自分の好きな茶碗が決まるんだなと思う。
 
長次郎とは楽茶碗の創始者で、
千利休に頼まれて利休好みの侘びた茶碗を創り出した人。
 
午後からの楽家15代の茶碗の変遷を観る展覧会の方は
もちろんその長次郎の黒楽の茶碗から展示が始まるので、
通しで観られたのはよかったなと思う。
 
このふたつの展覧会場を行き来するシャトルバスが出ていたので、
私達は9時半の一番に会場入りし、
11時15分には入口のシャトルバスの停車場に並んで、
無事、無料で竹橋まで移動することが出来た。
 
12時には近代美術館の中のレストラン・ミクニの予約が取ってあったので、
まずはフレンチのコースで腹ごしらえ。
2時間ほど食べたりおしゃべりしたりしてから、楽家の茶碗の鑑賞に。
 
すべての段取りがとてもスムーズに進み、
お天気も薄曇りで暑くもなく寒くもなく、
「早起きは三文の徳」を地でいく素晴らしい1日であった。
 
陶芸を趣味にしている私としては、次の作陶のイメージも掴めたし、
お茶人としては、それぞれに造詣を深め、好みを再確認できたと思う。
 
今日観たウン百万円もするような高価な抹茶椀でお茶を飲むことは
この先もないかもしれないが、
連綿と続いたお茶の世界に思いを馳せることが出来、
あたかも手に取り、飲み口に口をつけたような気分になれた豊かな1日だった。
 

2017年5月13日土曜日

どしゃ降りのお献茶式

 
 
 
 
毎年、5月13日に行われる鎌倉八幡宮のお献茶式に行ってきた。
 
1月から通っている新しいお茶のお稽古場の先生からのお誘いで、
数ヶ月前に会費も納めて券をいただき、楽しみにしていたのだが・・・。
 
昨日は最高気温29℃で真夏を思わせるお天気だったが、
今日は大雨注意報がでる勢いのどしゃぶりの雨。
 
気温は最高気温が19℃だというので、暑すぎるよりはまだしもだとは思うが、
とにかくお献茶に出席するためのドレスコードは和装。
しかも、まだ5月半ば前なので、袷のキモノを着てくるようにと
新しい先生からお達しがあった。
 
朝、8時半に鎌倉駅の改札前に集合がかかっており、
5時半には起床し、準備を整え、出掛けた。
お社中のお仲間ふたりと待ちあわせ、まだ、しとしと降りの小町通りを黙々と
八幡宮右奥のお茶室へと急いだ。
 
戸塚からの横須賀線にはすでに何人もお献茶に向かうと思われるキモノ姿の
おば様達が何人も乗り合わせ、
9時から始まるお茶席めがけて前のめりに歩いていく。
 
昨夜遅くに前のお茶教室からご一緒の友人とLINEで話していたのだが、
とにかく新しく伺うことになった先生は茶道一筋の真面目な方なので、
雨が降ろうと槍が降ろうと「今回はやめにしましょう」とか
「キモノじゃなくて大丈夫よ」みたいなことはおっしゃらない。
 
覚悟を決めて、正絹のキモノにアイロンをかけ、衣桁に架けた。
ただし、二重太鼓の帯にはせず、傘の柄の名古屋帯を締めることで、
せめてもの私なりの遊び心を表現したつもり。
 
まず最初は酒心亭のお茶席の列に並んで、1席目に入室できたことで、
もうひとつの茶席も四巡目に入ることが出来た。
 
お献茶式そのものは八幡宮舞殿というところで
三木町宗匠という方がお献茶を点てられたということだが、
私達はそのお席には入らず、別室でお献茶席と同じお茶を頂戴した。
 
四巡目の入室を待って、
畳の敷かれた廊下に大勢のキモノ姿のおば様達が並んでいるところに、
お献茶式の後、そのお茶席のお正客を終えられた三木町宗匠が現れると、
ずらり並んだおば様達が驚いたような顔をして見あげ、そして、拝復した。
 
どこかで「大奥みたいね」と声がして、
本当にそのとおりだと思った。
 
宗匠というのは家元の下の位で、男性しかいない。
お家元ひとりではできない仕事を分担して、何人かの宗匠方が
表千家茶道の普及と運営に携わっている。
 
茶道をやっているといっても、お茶席を持てるぐらいのお弟子から、
私みたいに単にお茶教室に通うお弟子までいろいろあるが、
箱書き付きといって、
茶道具のひとつひとつに家元や宗匠のお墨付きをもらっているお道具が並ぶ
今日のようなお茶会に出席すると、家元制度の深淵を覗くことになって、
面白い。
 
そのお道具に箱書きをつけてもらう箔がつくけど、
お金もたんとかかる世界だ。
 
お茶席を持つ席主の好みで道具組みに個性が出る。
 
いずれの席もお献茶式の添え釜であることと、
五月の新緑の時期であることをふまえ、掛け物やお道具はもちろん、
花やお菓子も選ばれている。
 
炉から風炉へと移行するこの時期を意識して、
水へのこだわりもあるようで、いずれの席にも清々しい水を愛でる掛け物や
遠方から取り寄せた石清水そのものが用意されていた。
 
日舞や茶道や華道など、家元制度で成り立っている世界にどっぷり浸かって
生活そのものがそれを中心に回っている世界を、間近に観るのが、
こうしたお茶席だ。
 
非日常の地味なようで絢爛豪華、案外ドロドロしていそうな人間関係など、
ちょっと垣間見た思いで、3席を巡り終え、
雨脚の強くなった八幡様の参道に出た。
 
小町通りの中程で「ローストビーフ丼」の美味しいお店でお昼をして、
先生と4人でおしゃべりし、朝早くから始まった修行のような1日は終了した。
 
この世界にズブズブ入ることはないけれど、
年に1回、垣間見るのは楽しいかもと、
キモノの裾をはしょり、ヒモで縛って雨コートを着、雨の小町通りに出た。
 
外からは雨コートをさりげなく着たキモノ姿の婦人にしか見えないけど、
中は正絹のキモノを駄目にしないよう、裾をまくってヒモで縛っている姿が、
どこか家元制度の中で茶席を持つ人達とかぶって見え、
ちょっと切なくなった。
 

2017年5月7日日曜日

絶対オススメ 「蜜蜂と遠雷」

 
ゴールデンウィークも今日で終わり。
 
後半は庭の草むしりや衣替えなど、この季節ならではの家の仕事を片付け、
次女が実家に帰っていたので、
いっしょに映画を観たり、家族でギリシャ料理を食べに出掛けたりした。
 
そんな中、5月1日に買い求めた1冊の本が、とにかく面白かった。
今年の直木賞と本屋大賞をダブル受賞した
恩田陸の『蜜蜂と遠雷』だ。
 
直木賞を取ったときの新聞の書評が凄くて、
どの審査員も口を揃えて「満場一致だった」「引き込まれて一気に読んだ」と
書いてあったので、そんなに面白いのかと興味津々だった。
 
内容はピアノコンクールに出場するコンテスタントの心理とその演奏について
書いたものだというから、
クラシック音楽に精通していないものが読んで、そんなに楽しめるのかと
いぶかしく思っていたのだが、いやいやいやいや、とにかく面白い。
 
タイプの違う3人の出場者を軸に、コンクールの一次・二次・三次・本選と進む
心理的葛藤や高揚感などを圧倒的な筆の力で表現。
 
また、どんな曲なのか全く分かっていない私のような読み手でさえ、
まるでその曲を聴いているかのように音楽に関する表現力が秀逸なのだ。
 
それに、同じ譜面でも弾き手によってどう解釈し、どう理解し、どう弾くのか、
そんなに違いがあるとは知らなかったのでビックリしたし・・・。
 
真っ白いキャンバスに自由に絵を描くのとは違って、
音楽には譜面があり、作曲家の指示にのっとって弾くとばかり思っていた私は、
そんなに弾き手によって曲の表情が変わるのかと面食らってしまった。
 
選曲や曲の順番など、コンクールに求められる自分らしさや戦略なども
とても興味深く、
恩田陸という作家は何者なんだ、なぜ、そこまでピアニストの心理が分かるのかと
不思議にさえ思えた。
 
幼少期から莫大な時間を注いで練習して、世間様のことはよく知らないままに
純粋培養されたピアニストは、世の中にたくさんいるとは思うけど、
本当に神様から音楽のギフトをもらったピアニストはほんの一握り。
 
それは絵描きの世界でもまったく同じで、
かつて上野のお山で、
道ひとつ隔てて美校と音校に分かれて過ごしていた私としては、
自分が学年にひとりでるかでないかのそのひとりじゃないことを認識した上で、
この先も生きていかなければならないと知っている。
 
アーティストとして、生きていけるのか、どう生きるのか、
何をするのか、何が自分なのかの問いは、
美術も音楽もない。
 
途中、ものを生み出す仕事の人、何かを表現する仕事の人は
胸が苦しくなると思う。
嫌でも自分と向き合わなくてはならなくなるから・・・。
 
でも、とにかく凄く面白いので、オススメだ。
 
実は自分の作品を使って既成の本の装丁を考えるという「文学と版画展」に
この作品を使おうかと考えて、ハードカバーのものを買い求めたのだが、
今、「お前ならどんな装丁にするんだ」と問い詰められているような気分になっている。
 
既存のものには草原を思わせる穏やかな油絵調の表紙がかかっているのだが、
少なくとも「私ならこの装丁じゃない」という気はしている。
 
同業者=ピアニストなら同じコンクールに出ている他のピアニストの演奏に
触発されて、自分の演奏が変わっていくということが綿密に書かれていて、
とても興味深かったが、
同様に、同じお題に対し「どうする自分?」と問いかけ、
考えたり、手を動かすことは楽しい、
そんな気持ちをかき立ててくれる本だった。
 
音楽に詳しくなくても、ピアノが弾けなくても、大丈夫。
恩田陸の筆の力で、十分、ピアノコンクールを体感でき、
人生を謳歌する歓びを味わえる作品だと思うから。